承前*1
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20080913/1221280617
曰く、
「アイドル」になるということは出家して尼僧になるのと同じなのか。たしか、本居宣長が坊主が詠む恋歌に秀逸なものが多いのは坊主は実際の色恋を断念しているので、その〈もののあはれ〉が歌へと凝縮するからだって論じていなかったっけ。ただ、宣長が言っているのはあくまでも〈予期せぬ結果〉なのであって、やはり上に書かれているようなことというのは倒錯しているということになるのだろう。それよりも、昔五木寛之の小説にあった、不幸によって歌がますます艶っぽくなっていくのだとかいって、次々に不幸に突き落とされていく演歌(艶歌)歌手とか、パンソリにおける「恨」の意味を採り上げた林権澤監督の『西便制(風の丘を越えて)』の世界に近いような。
ではなぜ、男女交際をすると彼女たち*2の輝きは失われるのか?その答は、とてもシンプルだ。
それは、彼女たちが「満たされ」てしまうからだ。彼女たちの恋愛感情が満たされ、もうそれ以上フェロモンを発する必要がなくなるからだ。
それは非常に単純な話だ。アイドルといえども、やっぱり普通の女の子なのである。そして彼女たちにも、普通に恋愛感情というものがある。誰かへの恋心というものを、当然のように抱く。
しかしそれを抑圧し、我慢するところに、初めて独特のフェロモンといったようなものが生まれるのだ。それは圧力釜の原理である。溢れ出る恋愛感情をそのまま放出してしまったのでは、本当の旨みは引き出せない。それに蓋をして、ぎゅうぎゅうに抑えつけようとするから、より核心に迫ることができるのである。より濃縮された、本当の旨みというものを引き出せるのだ。
そうした抑制された恋愛感情は、やがて圧力釜から蒸気が漏れるように、眼差しであったり、あるいはちょっとした振る舞いであったりといった行動の端々から、ものすごい勢いで噴出してくる。それは、ホースの先を押さえれば水圧が増すのと同じである。押えれば押えるほど、より勢いが強くなるのだ。そして押えれば押えるほど、遠くまで届くようになるのである。
それが、アイドルとしての独特の魅力になるのである。それはまさに恋愛の圧力釜だ。あふれ出る恋愛感情を抑え込み、圧縮することで、そこに爆発的なパワーを生み出すのである。本当の旨みを引き出すのである。
そして、そこで濃縮された爆発的な恋愛パワーは、やがてコンサートや演技といった場所で爆発されるために、それが巨大な恋愛ビッグバンとなって、ブラックホールのように多くの人々を惹きつけるようになる。そしてそこで、多くのファンたちに対して、自分に対する恋心を抱かせるようになるのだ。
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という。しかし、それはちょっと矛盾しているように思う。アイドル恋愛禁止なんていうことが提案されるのは、
これは何も、男女交際そのものを一生禁ずるといったバカげた提案ではない。「少なくともアイドルであるあいだは、男女交際をしてはいけない」
という、その職種であることに一つのルールを課そうという試みだ。
そしてそれを、内外に広く知らしめていくことだ。そうすることによって、アイドルたちにも自分の職種というものへの自覚が強まるだろうし、アイドルオタクたちにももっと安心してアイドルというエンターテインメントを楽しんでもらえるようになるだろう。それはまさに食品に義務付けられている成分表示のようなものなのだ。アイドルは恋愛禁止であるということを明文化することによって、消費者が安心してそれを消費できるような環境を作ろうということなのだ。
という事態を踏まえてのことだった筈。「恋愛」というのは「成分表示」を「義務付けられている」「食品」を「安心して」「消費」するということに喩えられることなのだろうか。もしそうだったら、「アイドルオタクたち」が「抱え込む」「失恋」という「時限爆弾」というのは大したものではないということになる。〈腹腹時計〉じゃなくて目覚まし時計じゃないか。
しかしそうした結果、アイドルオタクたちはかつてない悲劇に見舞われるようになった。それは「失恋」である。オタクたちが、アイドルに「本当の恋心」を抱くようになってしまった結果、その先にある「本当の失恋」というものも、また同時に味わうようになったのである。
しかもそれは、アイドルという存在の性質上、ほぼ成就することのない恋愛であった。その恋の行方は、限りなく100%に近い確率で「失恋」へと至るのだ。
つまりアイドルオタクたちは、彼らのアイドルへの恋愛感情が疑似ではなくなったために、いつか必ず失恋するという大きな時限爆弾を抱え込む羽目にも陥ったのであった。
アイドルの恋愛を(実質的に)禁止する方法というのはある。しかし、普通の女性だったら、あまりのキモさに驚いて、世を儚んで、引き籠もってしまうだろう。「アイドルオタクたち」がその〈貞節〉をフィジカル(身体的/物理的)に示すこと。伝統的な〈指切り〉というのはある*3。これでも十分にキモいだろうけど、さらに一切の〈不倫〉が物理的に不可能であることを示すこと。ここまでされれば、「恋愛」をする気にはならないんじゃないか。