Emmanuel Todd sur la arme nuclaire

若宮啓文核兵器 「帝国以後」のエマニュエル・トッド氏と対談」http://www.asahi.com/column/wakamiya/TKY200610300159.html


浅野智彦氏経由で知る。
エマニュエル・トッド朝日新聞論説主幹の若宮啓文氏との対談。エマニュエル・トッドによる日本核武装の勧め。
トッド氏は「私は中道左派で、満足に兵役も務めなかった反軍主義者」と自らの政治的スタンスを規定するが、「核兵器は安全のための避難所。核を持てば軍事同盟から解放され、戦争に巻き込まれる恐れはなくなる。ドゴール主義的な考えです」という言葉を読むと、ここで述べられている発想の出自は、仏蘭西保守本流というか、トッド氏が名指ししているように「ドゴール主義」だということがわかる。ということは、これはトッド氏だけの特異な発想ということではなく、訊かれれば同じようなことをいう仏蘭西人は少なくないのではないかとも思う。勿論、例えばチェルノブイリの後で、他のヨーロッパ諸国が原子力発電の見直しを図ったにも拘わらず、仏蘭西だけが断固として原発推進を捨てなかったように、仏蘭西人には核について脳天気なところがあるといってしまうのは私の偏見だろうか。「核を持てば軍事同盟から解放され」という場合の「軍事同盟」とは日米同盟のことだろうが、それ故にトッド氏は「日本が現在のイデオロギーの下で核兵器を持つのは時期尚早」といっている。
核問題以外のトピックを幾つか抜き書きする;


トッド 小泉政権で印象深かったのは「気晴らし・面白半分のナショナリズム」。靖国参拝や、どう見ても二次的な問題である島へのこだわりです。実は米国に完全に服従していることを隠す「にせナショナリズム」ですよ。

若宮 日本は北方四島を全部還せと言い、ロシアは二つならばと譲らない。

 トッド では、三つで手を打ったらどうか(笑い)。

 若宮 そう簡単にはいきませんが、互いに発想転換も必要ですね。ロシアは中国との国境紛争を「五分五分」の妥協で片づけました。

 トッド 解決のカギは仲良くしたいという意思があるかどうかです。北仏ノルマンディー沖にも英国がフランスから分捕った島があるが、問題になっていない。地中海にあるフランスのコルシカ島は元々イタリアだったが、誰も返せとは言わない。

 若宮 日本と韓国の間にはもっと小さな島があり……。

 トッド それこそ「偽りのナショナリズム」。国益の本質とは大して関係ないでしょう。この種の紛争解決にはお互いがより高い視点に立つこと。つまり共同のプロジェクトを立ち上げる。北方領土でも何かやればいい。

ところで、トッド氏といえば、〈家族還元主義〉で有名であるが、

日本やドイツの家族構造やイデオロギーは平等原則になく、農民や上流階級に顕著なのは、長男による男系相続が基本ということ。兄弟間と同様に社会的な序列意識も根強い。フランスやロシア、中国、アラブ世界などとは違う。第2次大戦で日独は世界の長男になろうとして失敗し、戦後の日本は米国の弟で満足している。中国やフランスのように同列の兄弟になることにおびえがある。広島によって刻まれた国民的アイデンティティーは、平等な世界の自由さに対するおびえを隠す道具になっている。
という発言は、一面では日本的なイエ制度と中国的な宗族制度との差異を的確に指摘しているといえるが、他方ではそこから(或る意味でネーションそれ自体を擬人化した)国民性の議論まで飛躍できるのかよという気がする。岸田秀などの精神分析的な社会論を読むときに感じるのと同質のいかがわしさ。

トッド氏の〈核武装の勧め〉を批判するためには、「核兵器は安全のための避難所」というところを突かなければいけないのではないかとも思う。ポスト冷戦の世界において、核兵器を魔除けの護符の如く信仰する態度(迷信)が拡がり、それによって、パキスタン北朝鮮などが身の程知らずに核武装を志すようになった。この迷信の拡大こそ、現在の混乱の一因であろう。米国によるイラク侵略がこの迷信を強化したことはいうまでもない。

なお、http://plaza.rakuten.co.jp/ranjo/diary/200610300000/にトッド発言に対する批判的コメントがあることを記しておく。