双系制

少し前ではあるが、作田啓一先生の「皇室の双系化、心配ご無用」*1
所謂〈女系天皇〉の登極を「皇室の双系化」と捉える。また曰く、「今日の国民のあいだでは、父系の長子相続を数世代にわたり維持している家族はほとんどなくなっている」、


しかしもちろん母系家族がふえたわけでもない。圧倒的にふえているのは、父系の血縁も母系の血縁も共に血縁と認める双系家族なのである。したがって父系の皇室を家族の望ましいモデルとする意識は国民のあいだにはもはや存在しない。だから皇室はどうしても父系でなくてはならず、そうでなければ皇室の威信はなくなるといったイデオロギーは、国民の生活の現実からあまりにも浮き上がっているので、それの信奉者はむしろ少数派であろう。
さらに、
 近代化が進行すると、巨大化した社会の中で父系親族集団をはじめ、多くの中間集団は自立性を失って解体してゆく。こうした社会の中では血縁関係を限定する系譜は問題にならなくなってしまう。なぜならここでは自立した中間集団一般が必要ではなくなるからだ。こうして父系家族に代わり双系家族が一般的となる。しかし血縁関係そのものが価値を失ったわけではない。それは自他を区別する1つの象徴として存続している。この象徴をさらに限定する系譜という二次的な象徴が価値を失っただけなのだ。
とも。
一般庶民の「双系化」というのは昭和初期くらいまでは遡れるのではないか。霊友会系の教団が都市の下層中流階級や労働者階級に教線を伸ばし得たのは、その双系的な先祖観のおかげでもあったということは既に定説に属しているだろう。但し、その一方で、民法上は(新民法においても)単系的ではある。夫婦別姓問題についての対立するスタンスというのは、ある面から見れば、「双系化」を肯定するのかどうかという争いでもあると言えるか。
但し、天皇制における皇統のロジックは常に通常の親族集団のロジックとズレ続けていたということは注意すべきであろう。例えば、天皇制は(中世以来の)イエ制度に対して数百年も抵抗し続けてきた(未だに抵抗し続けている)。