「シングルマザー」の理由

『沖縄タイムズ』の記事;


「ゆいまーるにもジェンダー格差がある」シングルマザーの生活史を聞き取る女性研究者
2022年2月28日 08:48
[ウーマンズ ボイス]


 沖縄のシングルマザーの生活史を聞き取る若手研究者がいる。立命館大大学院一貫制博士課程の平安名萌恵さん(27)*1糸満市。「自由」で「奔放」に子どもを産み育てていると捉えられがちな彼女たちへのまなざしを問い直そうと始めた研究だ。インタビューを通して見えたのは、男性優位の共同体の中で後回しにされてきた女性たちの実態。「ゆいまーる(相互扶助)にもジェンダー格差がある」沖縄の姿を可視化する。(学芸部・嘉数よしの)

 平安名さんが研究の道を志したのは、静岡文化芸術大学在学中の体験がきっかけ。知人女性に「沖縄の女性は南国気質で、性に奔放」という言葉を投げ掛けられ、驚いた。それを機に調べると、男性誌で沖縄女性が水着で描かれたり、米兵による性暴行事件が性的作品のモチーフにされたりしていた。

 沖縄のシングルマザーについても「ゆいまーるがあるからやっていける」との言説があり、実情を明らかにする必要性を実感。芸術学を専攻して同大を卒業後、立命館大大学院に進み、2018年から調査・研究を始めた。

 離別や非婚でシングルマザーになった20~80代の45人の声に耳を傾けた。見えてきたのは、一人で踏ん張って子どもを育てる母親たちの過酷な暮らしだ。

 ある女性は、中絶を迫ったパートナーとの関係を絶って出産。親族からはサポートを受けられず、生活保護の申請が必要なほど困窮した際も、家族は女性より無職の叔父の居住環境を整えたという。10代で出産した別の女性の家族は、同時期に誕生した男兄弟の子を優遇した。

 平安名さんは「生み育てもそうだが、進学や就職も『好きなように決めたらいい』『自分たちは何もできない』『迷惑は掛けるな』と突き放されている。共同体の中にいながら放置されているのに、親のケアなどの役割は求められる」と話す。

 自立的に生きなくてはならない女性の多くは、他者への信頼も失っている。その背景には、男系の血族が「家」を継ぐ沖縄独特の門中制度がある上、戦後の混乱と貧困も影響している、と平安名さんは分析する。「男性優位の共同体で女性であるが故に、周囲を頼ることができない人たちの姿を説明していかなければならない。社会の理不尽なまなざしに反論していきたい」と決意する。

 沖縄の母子世帯の出現率は全国平均の約2倍。子どもの貧困率はひとり親世帯では約半数に達する。平安名さんは、困難な状況に置かれた女性たちが、自分自身と社会を理解するための「説明書のような役割」を果たすことも目標に掲げる。「話してもしょうがない」「どうにもならない」と考える女性たちが、自らの研究を通して「少しでも生きづらさが晴れたらうれしい」とほほ笑む。

 戦後の沖縄を築いた高齢女性の聞き取りにも意欲を示す。「子育てが終わった後も女性たちは貧困やジェンダー問題を抱える。生活史をもっと示す必要がある」と語る。「学術的に説明責任を果たす」というこだわりを持って、研究に突き進む。
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/917420

門中*2については、かなり以前に比嘉政夫『女性優位と男系原理 沖縄の民俗社会構造』という本から抜書きをしていたのだった*3

沖縄の門中、その組織はムートゥ、またはムートゥヤーとよばれる家(始祖の長男筋の家、ムートゥとは根幹、起源、元を意味し、ムートゥヤーは宗家、本家のこと)を中心に、その長男筋の家から次男以下の者が枝分かれした家々(ワカリ=分かれ。ヤーワカヤー=家が分かれた者)が結びついているものである。地域によっては各家に屋号(ヤーンナー=家の名)があり、ムートゥはときに集団の根幹らしいウフ(大きいの意)という接頭辞のついた屋号を持ち、分枝(ワカリ)の家々はそれぞれにムートゥから枝分かれした序列を示す屋号を持っている。門中内において成員の特定は家単位になされていて、門中共同の祭祀行事の経費は、家単位で徴収されるのが一般的である。糸満など地域によっては門中の諸経費の徴収が、費目によって世帯単位、個人単位の別がある。村落においても家々の屋号は子供にも熟知されており、村落の成員一人一人の特定は戸籍上の氏名よりも、家の屋号とその家の嫁であるとか次男であるとかによってなされることが普通である。(「沖縄社会と「やさしさ」の構造」、p.19)

[ヤマトの]同族と門中いずれも父系の系譜で結びついており、本家と分家(沖縄のばあいはムートゥとワカリ)の関係が確認されていることは共通している。しかしながら、(略)沖縄においては土地の共同所有の形態が明治の後半期まで残存したこともあって、ムートゥの権威は経済的権力をともなったものでなく、祖先祭祀に主導的地位を持つ宗教的な象徴としての役割に基づくもので、村落の日常生活においては家の本来の家格よりも個人どうしの年齢の序列が人間関係の規範として重要であった。しかし自由開墾地「仕明け地」の拡大や「地割り制度」の廃止以後、地主と小作人の階層分化もすすんだことも事実であり、そのような土地所有と門中組織とのからみあいが、近世末期から近代になって発生したことも考えられる(後略)(p.24)

沖縄の門中の組織原理である父系血縁の厳格な遵守が門中門中といわれるところであり、同族との違いがきわだつ点である。非血縁の者でも養子とし、婿養子も許容する同族に対して、門中は、女系や他系の血筋が混じるのを避け、ヤーの継承者としては、実子であっても女性(娘)は不適格とされ、娘は嫁に出して近い父系縁者、たとえば兄弟の息子を養子とするのである。このかたくななまでに父系血筋を守ろうとする観念は中国漢民族の宗教や韓国あるいは朝鮮の門中(Munjung)のそれに似ており、あきらかに漢文化の影響をみることができる。しかしながら、沖縄の門中における父系血筋遵守の観念は近世から近代、現代にかけて強まってきたものであり、かつては士族層においても父系血筋にこだわらない他系養取の例もあったことが、家譜など史料分析によってあきらかにされている。(p.25)

沖縄における「イエ」の相続・継承の中心は、経済的・技術的なものがともなうものではなく、位牌と屋敷地という呪術宗教的・象徴的なものであったといえる。そして相続・継承のラインは父系血筋(沖縄ではシジとよぶ)が強く守られ、しかも長男優先の観念が強い。それがタチイマジクイ、チャッチウシクミの忌避・禁忌という慣習として出ている。タチイマジクイとは「他系混淆」であり、相続・継承のラインに他の血統が混じることを祖先の意に反するものとして忌みきらうのである。チャッチウシクミとは「長男封じ込め」であり、長男をさしおいて次男・三男が優先し継承することで、それを厳しく忌むのである。
このようなかたくななまでの父系血筋へのこだわりに比べて、日本本土の「イエ」の継承は、タテマエとして男系を唱えているものの、娘婿による継承も許容している点で沖縄からみればルーズにみえるのである。
沖縄の「門中」の持つ血筋の原理からみれば、本土の族制にみられる婿養子の慣行は、まさに忌むべきタチイマジクイ(他系混淆)をもたらすものとみなされるのである。沖縄では、養子は同じ父系血筋のもの(同じ門中)から取るべきであり、もし娘がいたとしても、家(イエ)を継ぎ位牌を継承すべき資格はなく、その娘は嫁出させ、養子は兄弟の息子か、同じ門中の近い血縁者から取るべきものとされている。(「琉球民俗社会の構造と変容」、pp.43-44)
ところで、日本(ヤマト)において「門中」的な原理を頑なに守っているのは皇室なのだった。