haniwakai*1「読書感想文 堀江敏幸『雪沼とその周辺』」https://my-butsu.hatenablog.com/entry/2025/12/06/165629
堀江敏幸の連作『雪沼とその周辺』*2について。
少し切り取っておく。
という一節を引用して。
ついさっきまではただの透明な一枚の板にすぎなかったガラス窓に室内灯が照り返って、視線を外に逃がしてくれない。相席している他の三人と通路のむこうのボックスの乗客の顔が、白い映像になって固いスクリーンに浮かんでいる。さっきなにかが飛んで行ったように見えたのは、反射光のいたずらだったのだろうか。いや、そんなはずはない。外はまだなんとか明るさを保っていたし、光にしては物の質感がありすぎた。おまけにあれは白ではなく、たしかに青っぽかった。慣れない老眼鏡の掛け替えをしているせいで眼に疲れがたまっているとはいえ、あれが見まちがいだったとはどうしても思えない。左の親指と人差し指で、香月さんは眉間のあたりをつよく押してみた。経理の洞口さんが教えてくれた眼のツボだ。
この描写から本作の語りについて述べたい。香月さんは「緩斜面」の中心的な登場人物なのだが、『雪沼』ではこのように一貫して登場人物は「~さん」と呼ばれる。作者は物語世界の外から、人々の行動や思考を三人称で語っている。これにより文章を読んでいると雪沼とその周辺の日常を一歩引いたところから、カメラのレンズを通した映像を見ているような気分になる。
またここでは視線、明るさ、眼というように視覚の描写が細かくされているわけだが、『雪沼』ではこのように五感の描写が細かい。そして物語の主題と関わりながら描かれるのが特徴的で巧いと感じた。例えば聴覚については、「スタンス・ドット」でハイオクさんがボーリングを投げてピンをはじく音、「レンガを積む」で蓮音さんのレコード店の家具調ステレオから流れるレコードの音。味覚については、「イラクサの庭」の小留知先生のつくったイラクサのスープの味、「ピラニア」の安田さんの冷めても食べられる中華料理の味といったように。一つ一つの描写が登場人物の心情に深く根ざしていて作品に調和していた。
