ヒコロヒー*1「話題の本」『毎日新聞』2023年4月29日
西加奈子*2『くもをさがす』について。
今年の春、仕事でアメリカ滞在中に、とても親しい友人の訃報を受けた。バリ最悪、と、思った。通夜にも葬式にも参加することはできず、半ば実感もなく、そして現地で気落ちすることもしたくなかったために、目の前のするべきことに集中することで気を紛らわせ、心を曖昧にしていた。
両手で耳を塞ぎ、目をぎゅっと閉じたままでいられれば、人生はどれほど楽だろうと考えるが、向き合わねばならない瞬間というのは容赦なく訪れてきては、無理やり私の両手を耳から引っ張り剥がし、目をこじあけさせてくれる。それは、帰りの飛行機の一人きりの時間だった。
その瞬間という奴が足音を忍ばせ、冷徹な出立ですぐそばにやってきたことに気づいた時、それでも抗いたかった私は、一冊の本を読むことで逃げようとした。西加奈子さんの『くもをさがす』(河出書房新社・1540円)であった。
生きることや死ぬことについて、私はまだ分からないことのほうが多い。できればこのままあんまりよく分からないまま能天気にやっていきたい。でももしまた別れを意識せざるを得ない状況になったら、この一冊のことを思い出す人生となるだろう。いなくなるということは、何かを奪われることではなく、与えられそして照らす、素晴らしいものなのかもしれないと、読後の私は、心の奥の方が、ぶるぶると力を振り絞りながら、そう思っていた。そう、思わせてくれた。