八幡から外れて


「お手伝いさん」がいる家! たしかに、市川市の、特に八幡の辺りはそういう家が多そうな感じはする。
と書いたのだけど、市川市の金持ちということで思い出したのは、レーサーの浮谷東次郎*1。彼は地元の大地主の息子。生家は現在「ザ・チャペル・オブ・アドレーション」というプロテスタントの教会*2になっている*3。現在の地名では市川市新田1丁目。国道14号線千葉街道)沿いで、勿論京成八幡駅総武線本八幡から歩いて行くことはできるが、教会のサイトでも最寄り駅は総武線の市川となっている。
さて、私は千葉県で育ったものの、「浮谷東次郎」を知ったのは大学生になってからである。それは、彼が既に1965年に事故死していたことと関係があるのかも知れない。栗原彬*4『やさしさのゆくえ』の中で、所謂「一度生まれ型」人間の範例として浮谷東次郎が挙げられていたのだった。そして、東次郎の本、例えば14歳のときに原チャリに乗って市川と大坂を往復した旅行記『がむしゃら1500キロ』や米国留学中の日記である『俺様の宝石さ』の存在も知ったのだった。因みに、「一度生まれ型」人間というのは、ウィリアム・ジェイムズの『宗教的経験の諸相』*5に由来するコンセプトで、宗教学者の岸本英夫の闘病記『死を見つめる心』でポピュラー化されたといえる*6アイデンティティの確立ということに引きつけて考えると、「一度生まれ型」人間の場合、世界との根本的な違和を経験することなく自己を形成することができるのに対して、「二度生まれ」型の場合には、自己の形成のためには〈死〉にも喩えられる深刻な試練を経なければならないといえるだろう。さて、写真家の星野道夫市川市生まれだけれど、その生家は現在の地名でいうと南八幡で、総武線本八幡駅の近く。生家は壊され、コンビニになっているという。