石黒隆之*1「不評の五輪閉会式で、「東京音頭」のベタさがウケた謎」https://news.yahoo.co.jp/articles/4af3af901e102cc2072a22a26af1831926c9781d?page=1
東京オリンピックの閉会式を巡って。
開閉会式の振付を担当した平原慎太郎氏は、「しっかり自分のカオスというのが自分の中にあって、ただその中に秩序を見出すのもまた個々のこれからの心の持ちようかなと、社会の取り組みなのかなと思いましたので、まずカオスを作ってそれを秩序化させていくプロセスをみんなで楽しむ、ひとつの音楽で楽しむ」と、ダンスやパフォーマンスの狙いを語りました(8月9日・記者会見)。そんなプロジェクトチームの崇高な理念でしたが、ネット上では“カオスと意味不明なのは違うわ”と冷静にツッコまれていました。
ともあれ、閉会式でキーとなっていたのが音楽である点は確かです。東京スカパラダイスオーケストラとDJ松永(ヒップホップユニット・Creepy NutsのDJ)の演奏に、昨年の紅白歌合戦に初出場したmiletが次回開催国フランスの愛唱歌「愛の讃歌」を日本語とフランス語で披露。
加えてストリートダンスやロープスキッピング、サッカーのリフティングなどもごった煮にして、国際都市・Tokyoの多様性を表現しようとしていたところまでは理解できました。
閉会式の演出、ここで指摘されている「パフォーマー同士の距離がスカスカ」「全く一体感がなかった」ことも含めて、私は肯定しているのだけど。
しかし、閉会式中、最高に冷え切っていたのが、この演出チーム肝いりのパートだったのは皮肉です。パフォーマー同士の距離がスカスカだわ、選手たちは音楽より涼むほうが先だわで、全く一体感がなかったからです。
っていうか、いきなり日本人のミュージシャンにスカ(ジャマイカ音楽)だのシャンソンだのやられても、そりゃ面食らいますわ。確かにスカパラはかっこいいけれども、日本人が期待する伝わり方まで求めるのは酷です。それはスカパラがいい悪いではなくて、海外の人たちがスカパラを受け入れるための前提条件があまりにも不足していたという意味ですね。“海外のライブでもウケてるからイケる”というだけでは、音楽の力は保証できないのです。正直なところ、海外の選手たちはどう反応したらいいかわからなかったんじゃないでしょうか。
そして、
そんな雲行きが怪しくなりかけた閉会式の空気を一変させたのが、東京音頭*2でした。文脈ガン無視で、あのふざけたお囃子が無観客の国立競技場に鳴り響く。カオス? 多様性? んなもん知らねンだわといった具合で、ひょうひょうとフルコーラス鳴り響く。するとどうでしょう。ダイバーシティ発表会パートでかったるそうに座り込んでいた外国人選手たちが、見よう見まねで盆踊りを踊りだす。日本独特の小さな手足の動きをかわいらしく真似ることで、少なくとも閉会式に参加する意思を見せ始めたのです。もちろん、満面の笑みでノリノリとまではいきませんでした。それでも、この摩訶不思議な音楽に興味を示してはいました。
スカパラのように熱いビートもなければ、大竹しのぶみたいに涙を誘うバラードでもない。東京音頭は、音も言葉もただ空気に溶けて消えていく。その冷ややかな情緒が、したたかに国際性を獲得した瞬間を目の当たりにしたのです。
なにかにつけて横文字を借りなければ説明できない出し物よりも、超絶ドメスティックで、国際性や時代性のかけらもない盆踊りが、海外選手の身体を動かした。この事実を見過ごすわけにはいきません。
まあ、この「東京音頭」は先ず何よりもスワローズ・ファンに対するアポロジーだと思った。この人たちは、村上春樹がノーベル賞を獲ったらストックホルムで「東京音頭」を踊ろうと考えているような人たちなので。オリンピックで、スワローズに対しては迷惑をかけているにも拘わらず*3、開会式ではスワローズを無視して巨人を前面に出すという演出が行われたのだった。まあ、長嶋茂雄が立教大学のユニフォームを着て登場したら、神宮球場への義理は一応立った筈なのだけど。
そして、この東京音頭が、文化も伝統も関係ないところから生まれた点も押さえておきたいところです。関東大震災後の景気回復を願い、昭和7年、有楽町の商店街の旦那衆がビクターレコードに作成を依頼した「丸の内音頭」が始まりだったといいます。それが「東京音頭」と改題され、プロ野球・東京ヤクルトスワローズの応援歌としても定着しました。
「有楽町の商店街」と「 丸の内音頭」。昔、矢野誠一*4『エノケン・ロッパの時代』という本を読んでいたとき、戦前は、日比谷に近い、今だったら「有楽町」と認識される筈の場所が「丸の内」と呼ばれていたことを知って驚いたことを思い出した。「オリンピック」「有楽町」「東京音頭」を巡っては、石黒氏も以下の朝日の記事に言及している;
「いつか東京五輪で盆踊りを」 亡き前会長の夢が叶った
川口敦子2021年8月10日 10時30分
8日夜の東京五輪の閉会式。中盤、日本各地の伝統の踊りが紹介されたあと、国立競技場(東京都新宿区)に盆踊りの定番「東京音頭」のメロディーが響きわたった。
♪ 花の都の 花の都の真ん中で サテ ヤットナ ソレヨイヨイヨイ
歌い手を囲んで円になって踊る浴衣姿の人たちの動きをまねて、リズムをとる各国の選手たちの姿がテレビに映し出された。
「まさか本当に東京音頭が流れるとは。油断していました。前会長の夢がかなってうれしい」
そう話すのは、日比谷公園(千代田区)の園内にあるレストラン「日比谷松本楼」の広報を務める寺内晋(すすむ)さん(41)だ。例年約4万人が訪れる夏の恒例行事「日比谷公園大盆踊り大会」の事務局長を務める。
松本楼の小坂哲瑯・前会長は、東京五輪の閉会式に盆踊りを採り入れる提案をしていた。その場ですぐ踊りの輪に加わることができ、一体感を得られるのが盆踊りの魅力。「いつか東京五輪で盆踊りをやりたい」。企画書を作り、自民党の国会議員らを回る熱の入れようだったが、2018年に86歳で亡くなった。
小坂さんの願いが通じたかのような閉会式での東京音頭の風景。寺内さんは社長からの連絡で知った。仕事帰りで見逃したが、9日にユーチューブで見た。
寺内さんは言う。「メダルに喜び、感染者増加に不安になった五輪の17日間だった。盆踊り大会はコロナ禍で2年連続で開催できていないが、来年こそ絶対開きたい」(川口敦子)
https://www.asahi.com/articles/ASP896R3BP89UTIL01M.html