「哲学者」と「貧乏」(養老孟司)

養老孟司*1「人間の「意識」や「自己」を問う明るい哲学」『毎日新聞』2019年10月13日


マルクス・ガブリエル『「私」は脳ではない』の書評。


若い頃、哲学者とは何だろうかと思ったことがある。結論は簡単で、何も持っていない人だ、というものだった。医者なら聴診器からCTのデータまで持っている。科学者には実験室があり、技術者はさまざまな機械に触れている。でも哲学者は鉛筆かパソコンくらいは持っているだろうが、あとは日常生活以外の何物も持たず、その意味では徹底的に貧乏というしかない*2。その貧乏人が世界を語ると、世界は存在しなくなるというのは*3、なんとなくつじつまが合っている。著者がいう世界とは、それを考えているあなたの考えまで含んだ、全宇宙のことである。そういうものを考えると、論理的に矛盾が生じる。だからそういうものはない。