向かい風

乙武洋匡*1、伊是名夏子*2「『五体不満足』から21年、いま「自立」の意味をとらえ直す。」https://www.huffingtonpost.jp/entry/ototake-izena_jp_5cf62c8de4b0a1997b705323


抜書き。


――乙武さんの『五体不満足』が発売されてから21年が経ちました。先日、発売されたばかりの伊是名さんの初著書『ママは身長100cm』も話題になっていますが、社会の障害者に対する理解や意識に変化は感じますか?

乙武:残念ながら、障害者は誰かの支えなくしては生きていけない、という現実に対する世間の風当たりは、より強くなっているように感じます。

特にここ数年の、「自己責任論」を強調するような風潮を考えると、伊是名さんの本に対しても冷ややかな声が多いのではないかと心配になります。私もさんざん言われましたが、「車椅子に乗って自分のこともできない人間が、結婚して子どもを持つなんて」と……。

伊是名:おっしゃる通りです。私の子育てを取材していただいたハフポストの記事*3が、Yahoo!のアクセスランキング1位になった時は、批判コメントが一夜にして400件以上も投稿されて。ヘルパーさんの髪型やピアスまで批判されました。

乙武:私が『五体不満足』を出した時は、「2ちゃんねる」はあったのですが、そこまで一般の方からのコメントはなかったんですよね。

SNSの普及によってそうした声が可視化されただけなのか、それとも世の中の風潮が変わってきたのかわかりませんが、障害者に対する声はかなり批判的になっていると感じています。 


――社会がそうなってしまった原因は何だと思われますか?

乙武:1つは、経済格差の広がりによる社会問題が大きいと思います。

ここ数年、ブラック企業の問題が深刻化しているように、働けども働けども給料が増えず、心身ともに疲弊するだけの余裕のない毎日を生きていると、ストレスをどこかにぶつけないとやっていられないのだと思います。そのはけ口が、障害者をはじめとした弱者に向けられている。ユダヤ人排斥に向かった第二次世界大戦前のドイツがまさにそうでしたよね。

伊是名:ストレスを誰かにぶつけている人たちも、社会の弱者なんですよね。

でも今は、生き方や働き方が同じ方向や目的の人だけではなくなっているから、弱者も多様化している。弱者の側面を持つ人も増えてきてきます。そうすると、弱者にいる自分に気づいた時、それを認められずに苦しくなっているのかもしれません。


――伊是名さんが、初めての本で一番伝えたかったことは何でしょうか。

伊是名:私は、自分ができないことが多いので、むしろできないことがある時どうすればいいのかということを、アピールしたかったんですよね。

今、5歳と3歳の子どもがいて、1日10時間はヘルパーさんに交代で手伝ってもらっているので、助け合うことがどれほど大切か伝えたくて。

私が子育てしていると言うと、「すごいね」と驚かれることがよくあるんです。人のお世話になりながらでも子育てするのって、普通のことだと思うのですが。もっと「普通」の意味が広がってほしい、という思いも込めました。

乙武:私たち車椅子ユーザーが街を歩いていると、通りすがりの人から「頑張ってください」と声をかけられることがよくあるわけです。私自身も、『五体不満足』が出て、世に知られる前からそうでした。

そのたびに、「なんで私たちだけ頑張らなきゃいけないんだ?」となる。どんな人でも、人生を生きるために頑張っていると考えるなら、「私も頑張るけど、あなたも頑張らなきゃいけないですよね」となるはずですから。

もちろん彼らに悪気はないのですが、障害者がこの社会で生きていくためには、健常者より頑張りが必要だという考え方が広く浸透している。残念ながらそれはひどく残酷な事実で、とても平等な社会とは言えないですよね。

反対に、障害者が頑張ろうと思った時、頑張れない状況もあるわけです。

たとえば、私も伊是名さんも早稲田大学を卒業していますが、他の卒業生と同等の学力や知識を備えていても、職場環境などの理由で採用から弾かれてしまうケースが多々あるわけです。障害者だから頑張りたくても、頑張れない状況がある。そういう社会もやっぱりおかしいですよね。


乙武:(前略)日本では「自立」という言葉の意味を、「自分で何でもできるようになること」、「自分の力だけで生きていくこと」ととらえている人が圧倒的に多いですよね。その定義で考えると、私たちは一生、自立ができなくなってしまう。

だから、障害者の多くは、「自立」の意味を、依存したり助けてもらえる人や場所を複数確保することだと、その意味をとらえ直すのです。

私たち障害者だけでなく、健常者もそう思えるようになったら、社会も変わっていくような気がするんですけどね。

伊是名:私はよく、いろんな人に助けられてうらやましいと言われることがあるんです。だけど、健常者だから助けを求められない社会もおかしい。障害があってもなくても、誰もが助けを求めやすい社会にするには、頑張れない人を思いやる心を育てることが大事ですよね。

乙武:実は私自身、数年前まで間違った考え方をしていまして。『五体不満足』を出してから15年近くは、本当に恥ずかしい話ですけれど、頑張れない障害者に対してもどかしい思いを抱いていました。

人が抱える生きづらさって、家庭環境や、人間関係、経済面、健康状態など、いろいろな要因が絡んでいます。身体障害は、数ある生きづらさの中の1つでしかないんですよね。

でも数年前までの私は、身体障害という自分との共通項だけを見て、他の生きづらさの原因に目を向けていませんでした。「自分はこれだけ頑張っているのに、君たちは何をしているの?」と、他の障害者に対してどこかで思ってしまっていたのです。今振り返ると、本当に恥ずべきことです。