承前*1
山田哲也「保護者の所得は学力にどれほど影響があるのか?」*2からのメモの続き。
階級や階層などの「社会的属性」はどのような仕方で「学力」に影響を与えるのか。
第一に、家庭の文化的な環境が、学力の形成に強い影響を与える。学校で伝達される文化と子どもたちが家庭で身につけてきた文化との間の距離は、教育上の達成を左右する。その理由は次のように説明されている。学校で伝達される文化や授業場面で要請されるコミュニケーション様式になじみがない子どもは、授業場面でなにを求められているのか、また、どのようにすれば教師から評価されるのかを的確に捉えることが難しい。かれらは学校でうまく学ぶすべを持っていないことが多いため、学力を首尾良く身につけることが困難な状況におかれる(バジル・バーンスティン『〈教育〉の社会学理論』法政大学出版局、2000年)。
また,勤勉さや将来のために今を犠牲にする姿勢を重視するなど、独自の特徴を持つ学校文化とは異なる論理を有した文化的な背景のもとで育つ子どもたちは、学校の論理に反発し、学業達成をめぐる競争から進んで離脱する者がいる(ポール・ウィリス『ハマータウンの野郎ども』ちくま学芸文庫、1996年)*3。もともとの頭の良し悪しとは別に、当然ながらこうした子どもたちの学力は低くなる傾向がみられる。
学力データを用いた実証研究では、保護者の学歴や職業、そして子どもに期待する最終学歴が、学力テストの得点や、学力の形成を支える条件である学習時間・学習態度に影響を与えることが明らかにされている。
保護者の職業は後に述べる経済的な要因とも密接に結びついているが、高学歴者や特定の職業、とりわけ管理職・専門職などの上層ホワイトカラー職に従事している保護者は、自らと同様の地位を子どもが獲得するためには教育を受けて一定の学歴を身につける必要があるために、子どもが幼少のころから学校で成功するための教育的な配慮を行うことが多い。
例えば本論考の冒頭で紹介した文科省の保護者調査報告書2014年版では、SES別に保護者の子どもとの接し方を比較している(2014年版報告書、p.68)。その結果をみると、「人の気持ちが分かる人間になること」を重視する、「子どもが悪いことをしたらきちんと叱っている」などといった、子どもが社会性を身につけることに関する質問項目や、学校での出来事や日常生活について子どもと会話するかどうかを聞いた項目ではSES間に大きな違いはみられない。
ところが「子どもが小さいころ、絵本の読み聞かせをした」、「子どもに本や新聞を読むようにすすめている」、「子どもと読んだ本の感想を話し合っている」、「英語や外国の文化に触れるよう意識している」など、読書に関わる活動を中心とした学校で推奨される文化的な活動の有無を尋ねた質問についてはSES間の差が大きく、社会経済的な地位が相対的に高い保護者ほどこれらの活動を積極的に行う傾向が認められる。なお、これは後で再び触れるが、読書に関わる活動はSESの影響を統制したあとでも学力を押し上げる一定の効果があることが明らかになっている。
- 作者: ポール・E.ウィリス,Paul E. Willis,熊沢誠,山田潤
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
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「経済資本」の項に組み入れられているが、本来「家庭の文化的な環境」に関わるファクターであろう;
第二に、経済資本が学力の形成に影響を与えるメカニズムがある。高い学費を必要とする私立学校が普及し、進学実績をあげるようになると、そこに通うための学費を支弁するゆとりがある家庭の子どもたちは、教育に投資して学力を身につける機会を得ることが可能になる。塾などの民間が供給する学校外教育サービスの普及・拡大も同様に、経済資本を学力に転換するしくみである。冒頭で紹介したJELS*4を用いた分析では、大都市近郊に位置するAエリアと比べると、東北地方の小都市・Cエリアで得られたデータでは父学歴が小6時点の学力に与える影響力が弱く、受験塾への通塾が学力に与える効果はほとんど見られない(耳塚寛明「小学校学力格差に挑む」『教育社会学研究』第80集、東洋館出版社、2000年)。
この知見は、経済上の格差が学力に差をもたらすためには一定の条件、ここでは学校外教育サービスの普及の度合いがある閾値を越える必要があることを示している。地域によって教育機会の供給構造や公立・私立間の威信の序列に違いがあることが、経済的要因が学力形成に与える影響の地域差を生み出している。
また、OECDによる国際比較の統計で明らかにされているように、日本はGDPや一般政府総支出に対する公財政教育支出の割合が他国と比べると低い(Education at a Glance 日本版カントリーノート[PDF]/Education at a Glance 2014[全文:英語版])。
日本はとりわけ高等教育段階における家計負担が重く(つまり学費が高く)、それをカバーする奨学金制度も貧弱という特異な国である。保護者の有する経済資本の多寡は、初等・中等教育段階においては学校外教育サービスの利用→私立の一貫校への進学という経路を利用できるかどうか、高等教育段階では進学の障壁となる高い学費を支弁できるかという点で、子どもの学歴とその基盤である学力の形成に影響を与えているのである。
なお、教育にどの程度投資するのか、あるいは奨学金・教育ローンを利用するかどうかについての考えは、保護者の文化的な背景と密接に関連している。例えば学歴が相対的に低い保護者は、子どもが大学に進学することに重要な意義を感じない傾向がある。あるいは「女性に教育は不要」といったジェンダー規範を持つ親は、女児への教育投資を控えてしまうことになるだろう。逆に、自らのキャリア形成に学歴が重要な役割を果たした職業に従事している保護者は、積極的に教育に投資する可能性が高い。また、外国にルーツのある子どもの場合は、保護者のエスニック・バックグラウンドによって学校教育の意味づけや教育投資のあり方が変わってくる。学歴の効用をどの程度見積もるのかは、出身国の教育制度のあり方やそこで標準的とみなされる就学行動によっても異なるからである。
最後に学力形成に与える第三の経路として、同じ社会的属性を持つ子どもたちが集まることで生まれる「ピア効果」を指摘できる。ピア効果は社会的な属性に限らず、能力や意欲の高い(低い)者が多いグループでも生じる効果だが、これまでの研究では総じてSESが相対的に高い保護者の子どもが多く在籍しているほど学力が高くなる傾向が指摘されている。保護者の影響を受けて成績がよく勉強に熱心な子どもが数多くいる教室や学校には学習に集中する雰囲気が生じ、勉強が苦手な子どもも課題に取り組むよう促されることが予想される。
逆に、家庭が落ち着かず生活を送るうえで様々な困難があるために、学習に集中することが難しい子どもが多いと、効果的な学習活動の成立以前に、授業規律を維持することも困難になってしまうだろう。
ピア効果そのものは、必ずしも社会的な属性と結びついているわけではない。しかしながら、学校教育では集団を単位に教授学習活動を行うので、保護者の社会的な属性は直接その子どもに対して影響を与えるだけではなく、集団的な次元で(つまりピア効果を経由して)学力の形成に影響する。
*1:http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180226/1519612385
*2:http://synodos.jp/education/15429
*3:Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070430/1177955798 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080103/1199371595 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090113/1231812154 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20171113/1510590081
*4:http://www.li.ocha.ac.jp/ug/hss/edusci/mimizuka/JELS_HP/index.html