何故研究されなかったか(メモ)

山田哲也*1「保護者の所得は学力にどれほど影響があるのか?」http://synodos.jp/education/15429


親の社会階層(収入)と子どもの「学力」(学業成績)との関係は長らく教育社会学者の関心の外に置かれていたという。たしかに、1985年に上梓された教育社会学の入門的概説書である柴野昌山編『教育社会学を学ぶ人のために』(世界思想社)には階級や階層への言及は殆どない*2

教育社会学を学ぶ人のために

教育社会学を学ぶ人のために

何故か。

第一に、1960年代に実施された全国学力テストの是非をめぐる政治的な対立が先鋭化し、その後は大規模な調査を実施して学力データを入手することが困難な状況が近年まで継続したということがある。

第二に、日本では高度成長を契機に義務教育終了後の進学者が急激に増加し、多くの人びとが試験による選抜に巻き込まれるとともに、入試難易度で序列化された高校教育システムが確立したという歴史的な経緯がある。急速な教育拡大を経験したために、教育における平等と公正を論じる際に、教育機会の均等や入試による選抜をめぐる問題に研究者の関心が集中した反面、社会学的な学力研究が手薄になってしまった。(耳塚寛明編『教育格差の社会学有斐閣、2014年)。

第三に、上記の変化とも関連するが、多くの人びとが長期にわたる教育を受けることを望み、また、そのことが一定程度可能になる大衆教育社会が成立するなかで、階層などの社会的なカテゴリーと結びつけて能力差を問題にする議論が後景に退き、生徒に差別感を与えない教育こそが平等な教育だという認識が浸透したことを指摘できる(苅谷剛彦『大衆教育社会のゆくえ』中央公論社、1995年)。

社会的カテゴリーが能力差を生み出すメカニズムを明らかにするために保護者の属性を問う研究は、そもそもそのような情報を集めること自体が「差別感」を喚起するとされ、日本型の平等観に抵触してしまう厄介なものとして受け止められやすい。

プライバシー保護意識の高まりや、保護者の属性は学校ではコントロール不可能だという認識(それを知ったところで学校に出来ることはない、という見解)もあいまって、学校現場では調査で保護者の学歴や職業、収入などを明らかにすることに対する忌避感がいまなお根強いのである。

21世紀からの逆転;


経験的なデータを用いた学力形成に関する社会学的な研究の展開を阻害していた状況は、2000年代以降に大きく変化した。学力低下論の社会問題化を受けて「確かな学力」路線に政策目標の強調点を変更した文部科学省は40年近いブランクを経て2007年度から悉皆の全国学力調査*3を再開した。

さらに、研究上の文脈も変化した。ほぼすべての若者が高校に進学する状況が成立してかなりの年月が経過し、今日では専門学校等を含めると8割の人びとが中等後の教育機関で学ぶようになった。

他方で大学へのアクセスにおいては進学/非進学の壁がいまなお残っており、経済の長期停滞を背景に、大卒/非大卒の学歴の違いが社会的な階層の分断線として機能する可能性も指摘されている(吉川徹『学歴分断社会』ちくま新書、2009年)*4。学歴成熟社会・ポスト大衆教育社会における階層再生産メカニズムを解明する新たな課題が浮上している。

社会学理論ということでいうと、ピエール・ブルデュー*5文化資本論が本格的に日本に紹介されたのが1980年代後半から1990年代前半。その影響が経験的研究に及ぶのには数年のギャップがあったということは?

*1:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160809/1470749183

*2:See http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090808/1249717217

*3:See eg. http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070419/1177003404 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090805/1249478075 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090807/1249667591 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090816/1250438039 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070618/1182187167 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080926/1222452085 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080928/1222571389 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090109/1231466496

*4:吉川氏のこの本は読んでいないが、氏の研究については、石戸諭「「学歴」という最大の分断 大卒と高卒で違う日本が見えている」https://www.buzzfeed.com/satoruishido/gakureki-bundanを参照のこと。また、http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170103/1483467085

*5:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060420/1145545005 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060430/1146374995 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090713/1247461327 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090723/1248369714 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090808/1249717217 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091120/1258746079 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101125/1290694764 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110202/1296619758 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110429/1304048261 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110429/1304048261 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110707/1310060145 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170103/1483467085 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170815/1502769051