「啓蒙とは何か」(メモ)

http://d.hatena.ne.jp/ima-inat/20100617/1276804067


カント「啓蒙とは何か」の読解。
この中で興味深かった論点は、「個人の啓蒙」と「民衆の啓蒙」の或る種相克的な関係。「啓蒙専制君主」の両義性。また、「公民的自由」と「啓蒙の成熟」との或る種矛盾した関係。「未成年状態」にある人民に「公民的自由」が与えられた場合、人民は「エリート」の操作の対象となってしまい、「啓蒙の成熟」は却って妨げられてしまう。「このような一種の寡頭制は、啓蒙専制君主の支配、あるいはもっと言えば公職者の管理となんら変わらない」。今風の言葉で言えば、悪しきエリートに所謂〈B層〉が操作されるポピュリズム*1の危険? カントの理路では、


(前略)啓蒙途上にあり、精神の自由を持たない民衆に、形式上の公民的自由を与えただけでは、啓蒙は完成しないばかりか、単に絶対王政という統治原則に、人民主権の皮を被せただけに過ぎなくなってしまう。真に統治原則を変革され、人民が公民的自由を享受できるためには、まずは人民が十分に啓蒙されねばならない――少なくとも啓蒙専制君主と同程度には。それは、立法について、理性を公的に使用できるまでに高められた啓蒙でなければならないはずだ。

しかし、その啓蒙は当時のプロイセンにあって、どのように可能なのだろうか。それはまさに啓蒙専制君主の庇護の下で、理性的な議論を行うことによってに、ほかならない。だからカントは自信を持って、「意のままに議論せよ、ただし服従せよ!」という一見矛盾するかに見える標語を提示できたのだ。プロイセンにおいては、啓蒙専制君主の下でしか人々は、十分に啓蒙されえないだろう。しかし啓蒙君主の下で啓蒙が熟しきったそのとき、フランス革命のような暴力革命ではなく、啓蒙の理性が弁証法的展開を経て、君主制を掘り崩し、公民的自由が人民に顕現するのだ。(後略)

カントは「啓蒙」の過程を弁証法的なものとして考えていたわけだ。
啓蒙とは何か 他四篇 (岩波文庫 青625-2)

啓蒙とは何か 他四篇 (岩波文庫 青625-2)

上のエントリーに触発され、久しぶりにアレントの『カント政治哲学の講義』を捲ってみる。この『講義』で「啓蒙とは何か」に言及しているのは第6講「批判的思考の政治的意味」。
カント政治哲学の講義 (叢書・ウニベルシタス)

カント政治哲学の講義 (叢書・ウニベルシタス)

カントがいう「世界公民社会」のメンバーとして理性を公共的に使用する「学者」*2を、アレントは「公衆に向かって語る能力を有すること」だといっている(p.55)。また、カントにとって理性的な思考能力の存立それ自体が「公衆に向かって語る」こと、つまりその「公共的使用」に依存している(pp.55-56)。「理性は「自らを孤立させるようにではなく、他者と共同するように」*3出来ている」(p.56)。また、「何であれ、人が独りでいる時に見出したことを、口頭や文書で、なんとか伝達して、他者の試験を受けることがないならば、孤独の内に発揮されるこの能力は消失してしまう」(ibid.)*4
ところで、カントが「啓蒙」に関して使う「未成年」或いはその反対としての「成年」というターミノロジーはカント哲学そのものが持つ自然主義的性格と関係がありそうだ。個体発生における系統発生の反復? アレントの言葉を書き出しておく;

(前略)カントにおいて、歴史は自然の一部である。歴史の主体は人類であり、それも、創造の最終目的であり言わば王冠であるとしても、被造物の一部と解された人類である。歴史における重要事、思いがけず偶然に襲うそれの憂鬱さをカントが決して忘れなかった重要事とは、物語でも歴史的個人でもなく、また人々の善・悪に関する行為でもなく、人類を前進させ世代の継起の中で人類の一切の潜在的可能性を発展させるところの、自然の密かな計略なのである。個人としての人間の寿命は、一切の人間的特性及び可能性の発展の為にはあまりに短い。それゆえ人類の歴史は、「“自然”が蒔いたすべての種子が十分に発育し、人類の運命がこの地球上において実現されうる」*5過程となる。これが、幼年期・青年期・壮年期という個人の有機的発展と類比的にみられた「世界史」なのである。カントは決して過去に関心を示さない。彼の関心事は人類の未来である。人間が楽園から追放されたのは、罪の為でもなく、復讐する神によってでもなくて、自然によってである。自然が自己の胎内から人間を解き放ち、「安全で無害な幼年期の状態」*6であるこの楽園から追放したのである。(後略)(第1講「カントに政治哲学があるか」、p.5)
あと、岩波文庫(篠田英雄)のカントはかなり問題があるということ。
なお、「博識の市民(well-informed citizen)」に関するhttp://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080209/1202541178 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080210/1202620991 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090808/1249741839 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091120/1258746079 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100303/1267593384 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100517/1274063531も参照のこと。