馬込

高山慶子「馬喰横山」『中央公論Adagio』No.20、2010年4月、p.22


都営地下鉄新宿線馬喰横山駅「は中央区日本橋横山町に位置するが、近隣には日本橋馬喰町日本橋大伝馬町日本橋小伝馬町と馬のつく町名が確認でき、かつては馬にかかわる人びとが集まる場所であったことがうかがえる」。大伝馬町二丁目(現在の日本橋大伝馬町)は「馬込家」の「居所」。


馬込家は、公用の書状や荷物を逓送する幕府の道中御伝馬役と大伝馬町周辺の町名主を代々にわたってつとめた家で、江戸の名主の中では最も格式の高い草分名主であった。馬込家の先祖は、天正一八(一五九〇)年の徳川家康の江戸入りに従って、遠江国(現・静岡県西部)の馬込村から江戸の宝田村(後の呉服橋御門あたり)に移り、慶長一一(一六〇六)年以降は大伝馬町二丁目に住んだ。
また、馬込家は御伝馬役や名主のほかに、金融業にも関わっていたとも。
さて、大田区にも馬込という地名はあるが、これは大伝馬町の馬込家、また遠江の馬込村と関係ありやなしや。