中国市場経済化(メモ)

鄭南「中国の社会保障の変容に関する理論上のアプローチ」『名古屋大学社会学論集』*129、2009、pp.67-85


この論文では、中国の市場経済化に伴う社会保障の変容を「地域包摂的コーポラティズム」という概念を使って説明することが試みられている。
第1節「市場経済化にともなう階層化の進行の特徴と社会保障」では、(中国に限らない)社会主義(「再分配経済」)の市場経済化に関する幾つかの先行研究がレヴューされている。
先ず、


Victor Nee “A Theory of Market Transition: From Redistribution to Market in State Socialism” American Sociological Review 54, pp.663-681, 1989


Victor Neeはカール・ポランニー『大転換』及びIvan Szlenyi Social Inequalities in State Socialist Redistributive Economies(1978)から影響を受けている。


Neeは、市場経済への移行が再分配経済における権力を中心とする階層メカニズムを根本から変えると予測した。市場経済のもとでは、生産者と消費者は直接取引するため、再分配の権力は影響力が弱くなる。市場移行後の社会階層の変化について、Neeは1985年に行われた福建省の30の農村の624世帯を対象とする調査を分析し、三つの命題を提出した。第一に、再分配経済の市場経済への移行は権力の移転を伴う。権力は再分配官僚から市場交換を行う直接生産者に移る。第二に、自分の生産物と労働力を自由に処置することができるため、市場経済は直接生産者への刺激を強化し、人的資本への経済上の報酬を高め、権力への報酬を減らす。第三に、社会的地位を上昇させる手段として、官僚になることではなく、私営企業家になることがより重要になる。(p.68)
Neeへの批判。A. Rona-Tas(1994)*2ハンガリーを考察。社会主義官僚は「私有化」の過程で「大きな利益を獲得した」ことを指摘(pp.68-69)。Neeの「市場移行論」に対する「権力継続論」。「権力継続論」はまた、


BIAN Yanjie & John Logan “Market Transition and the Persistence of Power: The Changing Stratification System in Urban China” American Sociological Review 61, pp.739-759, 1994


「中国天津の1978年から1993年までの改革内容と所得の変化」を分析――


第一に、共産党の当地は依然強固であり、政治権力の社会統制に対する影響力が強く保たれている。第二に、都市部の単位制度は根本的に崩れていない。1993年の時点では、単位は依然経済資源をコントロールする重要な部門であり、再分配の代理人である。この二つの制度の存続は政治権力による資源の統制と分配を保証し、政治権力を維持させる。(p.69)


William L. Parish, Jr. & E. Michelson “Politics and Markets: Dual Transformation” American Journal of Sociology 101-4, pp. 1042-1059, November 1996



(前略)市場経済化のプロセスの中で、三種類の重要な「政治市場」が形成された。すなわち、幹部と労働者の関係、企業と政府管理部門の関係、および地方と中央の関係である。市場経済化の中で、これら三つはすべて相互交渉と譲歩の関係である。これらの政治市場関係が利益の分配と市場の運営に影響するため、政治資源と政治権力は市場移行の中で影響力を失うのではなく、逆にそれらに対する経済上の見返りは増加する。(ibid.)


Ivan Szlenyi & Eric Kostello “The Market Transition Debate: Toward a Synthesis?” American Journal of Sociology 101-4, pp. 1082-1096, November 1996



(前略)再分配経済から市場経済への移行は三段階を経て展開されてきた。第一段階は地方商品市場の段階である。この段階において、社会全体では再分配経済が依然主導的であったが、地方の商品市場は国家の許可のもとで存在した。Szlenyiは、市場が再分配経済の不平等を緩和するという初期の予測はこの段階にあてはまるとした。第二段階は社会主義混合経済の段階である。この段階には、商品市場が拡大し、労働力市場と資本市場も形成され始めた。Szlenyiは1980年から1989年までの東ヨーロッパと1985年以降の中国はこの段階にあるとした。私有経済が合法化され、市場活動を行う政治リスクが減少したため、一部の幹部と技術官僚は市場に参入した。その一方で、初期段階に市場に入った下層の人々は排除された。Szlenyiによれば、社会主義混合経済は「不平等の二重体制」である。新たな不平等が市場経済の拡大にともなって現われ、再分配体制の特権階層は市場に参入し大きな利益を獲得し始めた。第三段階は、資本主義指向の経済段階である。Szlenyiは1989年以降の東ヨーロッパはこの段階に入ったとしたが、中国については判断を保留している。この段階の特徴は全社会規模の私有化、労働力市場と資本市場の全面的な拡大である。この段階において、特権階層の優勢はますます目立つものとなった。(pp.69-70)
私見によれば、Szlenyiのいう「第二段階」、「社会主義混合経済」は中国の場合、1980年代後半というよりは寧ろ1990年代前半であるように思える。
中国における研究。
先ず、


陸学芸編『当代中国社会階層研究報告』社会科学文献出版社、2002


「権力継続論」の立場。2001年に、全国の12の省・直轄市自治区、72の市・県・区でアンケート調査を実施――


(前略)今日の中国社会において、組織資源、経済資源と文化資源の中で、組織資源が決定的な役割を果たしている。なぜならば、政権を担当している政党と政府機構は全体社会の中で最も重要で最も多くの資源をコントロールしているからである。(p.70)
陸学芸編『当代中国社会階層研究報告』の持つ意味については、園田茂人『不平等国家 中国』の序章を参照のこと。
不平等国家 中国―自己否定した社会主義のゆくえ (中公新書)

不平等国家 中国―自己否定した社会主義のゆくえ (中公新書)


李強『社会分層與貧富差別』鷺江出版社、2000


Neeの「市場移行論」に近い立場。


(前略)当時[改革開放以前]の社会では経済的不平等度合は比較的低いが、政治的不平等の度合は比較的高かった。改革・開放以降は経済的階層を主軸とする社会が次第に形成されつつある。政治的不平等の度合は大きく下がり、経済的不平等の度合が大きく上昇している。(ibid.)


李路路「制度転換と階層メカニズムの変遷」『アジア遊学No.83 中国社会構造の変容』勉誠出版、2006


1998年に北京、無錫、珠海で行われた世帯別アンケートを分析。「権力継続論」に近い。


(前略)市場メカニズムが再分配メカニズムにとってかわる過程において、市場メカニズムに内在する権力構造は依然として不平等である。第二に、市場メカニズムが徐々に重要な資源分配のメカニズムになっていく際に、再分配体制において優勢的な地位を占めていた集団は、利益の追求によって市場に入る可能性があり、その優勢的な地位を保持しつづける。(p.71)
孫立平の研究*3

(前略)1980年代は資源が拡散する時代であった。農民などは経済地位を改善し、知識人は政治上の地位を高めた。これはSzlenyiのいう地方商品市場段階に合致する。しかし、1990年代になると、中国の階層状況は根本から変化し、文化資本、政治資本と経済資本をすべて占有する全体的な資本エリート集団が現われた。この階層が社会資源を独占しすぎるため、多くの社会階層の利益を損なっているという。(ibid.)
さらに、Y. Caiによる「労働者の集合行為」の研究*4。「1993年から2001年にかけ、集合的抗議行動の数、参加者の数ともに、大きく増加している」。

*1:See http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090601/1243821238

*2:後ろの文献目録に、Rona-Tasのテクストはなし。これは著者よりも査読者若しくは編集者の責任が重いといえるだろう。査読または編輯の過程でビブリオグラフィの不備を著者に指摘しなかったという点で。

*3:文献目録に孫立平のテクストの記載なし。

*4:Y. Caiのテクストも文献目録になし。