下方硬直性

承前*1

民主党に拒絶されたという伊藤隆敏氏の衆議院議院運営委員会における発言をBloombergの報道から写しておく;


――伊藤東大大学院教授の主な発言は以下の通り。

中央銀行の役割について、世界の中央銀行の大きな流れの中での日銀と いう見方から、金融政策の目標について考えてみたい。中央銀行の最大の責務は 物価安定ということは、多くの国の研究者、政策担当者の間で認識が共有される ようになった。その場合の物価安定というのは、中期的に、つまり数年を平均す るような概念でみてインフレ率が低いけれどもマイナスではない一定の範囲内に 収まっているという意味だ」

「さらに、中央銀行がそのように物価の安定を図っているという市場関係 者の期待、信任が得られているということも重要だ。つまり、物価安定というの は、実行と期待の両方が重要だということだ。私は日銀法第2条にある『物価の 安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもってその理念と する』というのが非常に適切な表現だと考えている」

「次に日銀の独立性について、日銀は1998年に施行された日銀法により、 法律的な独立性を付与された。日銀は金融政策を自身の判断に基づいて行うこと ができるという意味で独立性を与えられている。そこで下す判断について、十分 に透明で説得的な説明を行う責務があるとともに、結果についての説明責任を問 われると考えている」

「日銀の総裁、副総裁は、政府、市場、ひいては国民全員あるいは海外の 投資家や政策担当者に対して、日銀の金融政策の目的、経済状況の現状と予想の 認識、適切な金融政策手段を説得的に説明することが求められている。このよう に独立である日銀は透明性、説明責任をどのように改善するかという課題を負っ てきた。この点について、これまで私は金融政策や中央銀行制度の研究者として 外から観察してきた」

「日銀は1998年4月以来、透明性や説明責任についてさまざまな改善の努 力を行ってきた。10年前に比べると今の体制は大きく前進していると考えてい る。しかし、まだ完成の域には達していないと思う。今後も改善策を模索してい くことになると思うが、その議論に積極的に副総裁として参加して、より良いも のを目指していきたいと考えている」

中央銀行の法的な独立性の規定は、他の先進国および多くの新興市場国 でも1990年以降、相次いで導入された。透明性、説明責任、市場との対話に有 効という理由があったからだ。ただし、各国ともそれぞれの事情に合わせて金融 政策の枠組みを考えているところはもちろん、日本も金融政策の実践と知見の長 所を取り入れるにあたり、より良い枠組みを探し続けていくべきだ」

「諸外国では透明性、説明責任、市場の期待の安定化のためにインフレ目 標政策を採用するところが多くなった。英国とスウェーデンは2%プラスマイナ ス1%、カナダ、ニュージーランドでは1−3%の目標を設定している。オース トラリアでは景気循環の期間を平均して2−3%としている。欧州中央銀行(E CB)ではインフレ目標とは呼ばず、参照インフレ率と呼んでおり、これは2% 以下、ただし2%近い水準としているので、やはり0%は排除されている」

米連邦準備制度理事会FRB)および米連邦公開市場委員会(FOM C)はインフレ目標を掲げていない。しかし、研究者の間では、グリーンスパンFRB議長の時代から1%から2%を目指しているということは市場に浸透し ている、という評価がなされている。従って、先進国の中で0%の国はない。イ ンフレ目標の導入、あるいは導入しない場合の透明性の確保については各国が模 索を続けている。日本も同様の模索を続けている」

「誤解があるといけないので、インフレ目標政策はインフレを引き起こす ことが目標ではなく、インフレ率を低位だがマイナスではない範囲に安定的に抑 える政策だ。決してインフレ率をどんどん引き上げて、例えば、5%以上にして 何らかの政策効果を狙うことは全く意味していない」

「世界経済は米国のサブプライム問題に端を発した信用の収縮、その結果 としての生産活動の低下、つまり不況のリスクの高まりという第1のショックと、 中国、インドの需要増を背景とした資源関連の価格の高騰という第2のショック に同時に見舞われている。一番恐れられているシナリオは成長率の鈍化と物価上 昇の組み合わせ、いわゆるスタグフレーションだ。実はこのような物価上昇を伴 う成長率の鈍化に対して金融政策の対応が非常に難しいことが知られている」

「インフレを抑えようと金融引き締めを行えば、さらに成長率を鈍化させ る。一方、成長率の鈍化を防ごうとして金融緩和をするとインフレ率を加速させ てしまう。お認めいただけるとすれば、日銀副総裁としてこの困難な問題に真剣 に向き合い、総裁、もう1人の副総裁と協力して最適な金融政策を検討していく つもりだ」
http://www.bloomberg.com/apps/news?pid=infoseek_jp&sid=aJPuMbx3mM6Y

インフレ目標政策」に対する誤解というか曲解がかなり蔓延していることは指摘しておかなければならないだろう。例えば、

副総裁候補の白川方明京大大学院教授(元日銀理事)は、「日本銀行に長く勤務した経験を生かす」と主張。副総裁候補の伊藤隆敏東大大学院教授は、「諸外国ではインフレ目標政策を採用するところが多くなっている」と述べ、人為的に物価を引き上げることに強い意欲を示しました。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-03-12/2008031201_04_0.html
という『赤旗』の報道とか。また、このような誤解に強い影響力を持っているらしい人物として、植草一秀という名前を挙げておくも無駄ではないだろう。
民主党でも党主流に抗して、伊藤隆敏氏を支持している人がいる。金子洋一という人*2
この金子さんが「この「賃金の下方硬直性」というメカニズムが民間企業を苦しめている」とも書いている。しかし、この「下方硬直性」というのはそんなに悪いものなのだろうか。というよりも、その「硬直性」によって、全体的なデフレ傾向に抗して、デフレ・スパイラルに一定の歯止めをかけるという機能があるのではないか。ただ、それよりも問題なのは、グローバルな新自由主義の流れの中で、この「下方硬直性」がかなり怪しいものになっているということだろう。この問題に関しては、Andrew Ross Fast Boat to China*3を最近読み始めたのだが。
Fast Boat to China: Corporate Flight and the Consequences of Free Trade; Lessons from Shanghai

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