「左派」と「金融緩和」(松尾匡)

福田直之「左派こそ金融緩和を重視するべき 松尾匡立命館大教授」http://www.asahi.com/articles/ASH2971TXH29ULFA043.html


松尾匡*1へのインタヴュー。
後半部を抜き書きしておく。
「成長」と「成長戦略」について;


――構造改革も成長戦略もいらないというのが持論です。

 「第3の矢は基本的に金融緩和の足を引っ張るだけだ。確かに働く意思のある人がみんな雇われた完全雇用になれば、それ以上景気が拡大できない経済の『天井』にぶつかる。そうなれば、天井そのものの成長を図る成長戦略の議論がなされてくる。だが、規制を緩和すれば天井が成長するという話などは多分うまく行かない」

 「百歩譲ってそれが正しいとしても、そういうことが課題になるのは実際に完全雇用になった後だ。失業者がいて、企業にもまだ雇う余地があり、景気がまだ拡大していける時に、わざわざ天井を上げる必要はない。天井をあげようとして生産性を追い求めれば、かえって失業者が出る原因になる。人々は職を失う恐れを感じて、安心して消費ができなくなって、需要を押し下げてしまうのではないか」

 ――成長しないと私たちの生活はより豊かにならないのではないでしょうか。

 「どの程度天井が成長すればいいか、そもそも成長すべきかどうか。天井を打った時には論点になりうる。雇用が目的という意味ではなく、国内総生産そのものが伸びるという意味での成長に意味を見いだせない人はいてもいい」

 「しかし、今はそうしたことを議論するより、働きたくても働けず、暮らしでひどい目にあっている人が放置されている問題を解決するべきだ。特に若い人がそういった目にあっているのは、当事者だけでなく、社会にとっても大きな問題だ」

「金融緩和」と「インフレ」の関係;

――松尾さんは量的緩和をあえて「お金を作る」と表現していますが、「財政ファイナンス」だとの批判はどう考えていますか。

 「財政ファイナンスが悪いという議論はデフレ不況から抜け出そうとする今の状況には当てはまらない。ものをつくる供給能力が過剰で、ものを買う需要が不足していており、仕事に就けない人がたくさんいるような時は、金融緩和で作ったお金を財政支出に回して、需要を拡大しても、供給能力がフル稼働しないうちには、悪性のインフレにはならない」

 「日銀が買い、日銀の金庫に眠っている国債は形の上で存在しているにすぎない。事実上返す必要もなく、市場に出回ることもないから、価格や金利の動向に影響を与えない。ただ、物価が上がりすぎた時、日銀が国債を売ることでお金を吸収して、インフレを抑えるのに使える」

 ――市場はそうした理論を受け入れるでしょうか。

 「中央銀行国債を買って財政の穴埋めになれば、国債の信認がたちまち失われると言われたが、現実にはそんなことは起こっていない。市場参加者は冷静でそんなことはないだろうと思って行動している」

 ――過去には国債を発行し過ぎて高インフレになった国もあります。そうした恐れはありませんか。

 「需要が供給に追いついて、供給能力以上にお金を出せば、インフレは悪化する。途上国の例は良く聞くが、生産能力を超えてお金が発行されたからだ。確かに政府が無からお金を作ればいくらでもまかなえるので楽で仕方がない。だから、歯止めが必要だと考えるのは自然だ」

 「物価目標も歯止めのルールの一つだ。2%の物価上昇目標を守ろうという話は、そこまで達したら金融緩和をやめて金融引き締めに転じるという約束だ。これまでのように中央銀行が直接国債を買うのを禁じるのも、歯止めの一つだった」

 「昔は物価上昇を随時把握する統計技術が乏しかったから、そういう歯止めにしていた。体重計が正確でないので、『ご飯は1日1杯まで』という歯止めを作って肥満防止をするようなものだ。そのため、病気でガリガリになっても制限を守らなければならない。でも、正確に体重が量れれば、一定の体重を維持するように食べる方式、つまり物価目標政策が採れる」

 ――政治家が喜びそうな話です。

 「自民党だけではなく、共産党社民党も、政治家はお金がなければ公約は実行できない。民主党政権がうまくいかなかったのは、高校無償化や子ども手当を掲げたが財源が足りず、公約違反だと批判された。ところが、金融緩和でお金を作っていれば全部でき、おまけに景気も良くなったはずだ。民主党政権には、そういう発想はなかった」

さらに、緊縮財政(シバキ主義)による社会福祉の劣化を伴った経済悪化は極右などのポピュリズム繁殖のための沃土だということを付け加えるべきだろうか*2