金子光晴の家

承前*1

 近藤雄生「「余慶坊123号」のいま」『SUPERCITY SHANGHAI』2007年2月号、pp.80-81


金子光晴、森三千代夫妻が1928年に暮らしていた家を訪ねるという話。
「四川北路とその裏の長春路に挟まれた1つの居住地区」(p.80)である「余慶坊」――「格子状になった細い道の間に赤とグレーを基調とした石造りの長屋風の住宅が並んでいる」。
金子光晴が暮らした家(「余慶坊123号」)へ――


その部屋はいまも確かに残っていた。建物だけでなく、おそらく彼が昔何度も叩いたであろう黒い大きな扉まで、すべてが当時のままらしい。80年近くも前にまさに金子が見ていたのと風景が目の前にあるということがうれしくなり、私もその黒い扉を叩いてみると、しばらくして内側から声が聞こえ、ゆっくりと鉄門が開いていった。そして、不機嫌そうに出てきた中年の男に、そんなこの部屋の背景を話してみると、
「そんな話はぼくらには関係ないからね! 帰った、帰った!」
と考えてみると当然なことを言われて追い返されてしまった。できれば中を見たかったので残念ではあったが、しかし、その男の様子にはいかにも下町といった風のさわやかな陽気さがあり、どこか気持ちのいいものだった(p.81)。
最近久しぶりにソフィア・コッポラの『ロスト・イン・トランスレーション』を観る。異郷における〈見る−見られる〉が誘発する慄えを描いたという点で、これは高度に倫理的な映画になっている。海外ロケした日本のドラマなどで、こうした慄えに遭遇することは殆どない。
ロスト・イン・トランスレーション [DVD]

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