「ラドンの塔」

斉藤洋ラドンからのことづて」『ほくそう』(北総鉄道)130、p.7、2023


曰く、


生まれてから小学校二年生のときまで、わたしは京成小岩駅*1のすぐ近くに住んでいて、うちの二階の物干し台から、江戸川ごしに、松戸の栗山配水塔が見えました。もっとも、その塔が栗山配水塔という名だと知ったのは、つい最近です。
幼少時、わたしはよく日が暮れても、外で遊んでいることが多く、それをやめさせようとした父がこんなふうに言ったのです。
「物干し台から、江戸川のむこうに、塔が見えるだろ。あれはラドン*2が住んでいるラドンの塔だ。ラドンは、日が暮れると、こっちに飛んできて、子どもをさらっていって、食べてしまうんだぞ。」
ラドンというのは、東宝の怪獣映画に出てくる空飛ぶ怪獣です。
わたしがそのとき、父の話を信じたかどうか、もうわかりません。ともあれ、それでわたしが夜遊びをやめたかというと、そんなことはありませんでした。

(前略)今回、わたしはラドンの塔に行ったのです。
ラドンの塔は、荒涼とした丘の上に、ぽつりとたっているものと、わたしは思いこんでいました。でも、行ってみると、そんなことはなく、矢切駅から歩いて五分の住宅地の中にありました。
それでも、ラドンの塔は高いフェンスにかこまれ、許可なしには敷地内に入れません。フェンスには、〈警備強化中!〉と書かれた看板が貼られてします。
警備を強化しているくらいだから、ひょっとしてと思い、わたしはしばらく待ちました。しかし、とうとうラドンは現れませんでした。そのかわり、フェンスの上に張られた鉄線に、大きな蜘蛛が巣を作っていて、わたしにこう言ったのです。
「おまえ、来るのが遅いんだよ。ラドンなら、とっくに引っ越していったよ。おまえがきたら、よろしく言ってくれって。」