(前略)ヴェネツィアでは駐車場は不要だし、小さな町なので中央から離れた地区を選ぼうともさほど不便ではない。何より、空き家だらけの町という印象が強かった。夜に窓を見ながら歩くと、それが一目瞭然だった。ほとんどの窓には固く鎧戸が閉められていて人気がなく、棟ごと闇に紛れている。大運河沿いの建物はどれも堂々と立派だが、水際に目を落とすと、壁は浸食されて剥がれ落ちている。華やかなレリーフが施された正面の重さを、建物はすぼんだ足元で必死に支えている。横の建物に寄り掛かるように傾いた塔。屋根の線は、空とも地面とも平行ではない。細いトンネルのように上階へ延びる急階段があるだけで、どの建物にもエレベーターなど付いていない。町ごと世界遺産なので、好き勝手に改築はできない。立派なのはホテルや美術館に改築されたものだけで、他はがらんどうである。(「所詮、ジュデッカ」、p.28)