7日と8日

傾城の恋/封鎖 (光文社古典新訳文庫)

傾城の恋/封鎖 (光文社古典新訳文庫)

11月になったばかりだけれど、12月の話。1941年の香港。張愛玲「傾城の恋」*1から;


(前略)人影はない。どの部屋もどの部屋も、空しい叫びが響くばかり……流蘇はベッドに倒れ込んだが、消灯しなくてはとも思うものの、動けなかった。・やがて阿栗*2が木のサンダルを突っ掛けて二階に上がり、パチパチと消灯するのを聞くと、ようやく緊張していた神経がほどけていった。
それは十二月七日であり、翌十二月八日、砲声が轟いた。一発一発と鳴り響く間に、冬の朝霧が次第に晴れたので、山でも、谷でも、全島の住民が海を見渡して、「戦争だ、戦争が始まった」と言った。誰も信じられなかったが、ついに戦争が始まったのだ。流蘇はひとりバビントン小道に残されて、何もわからない。近所にようすを聞きに行った阿栗が血相を変えて戻って来て、彼女を正気にさせた――外ではすでに激戦状態に入っているのだ。バビントン小道の近くには科学実験室があり、屋上に高射砲が設置されているため、周囲に流れ弾が絶え間なく飛来し、「シュルシュルシュー……」と音がした後、「ドンッ」と地上に落下した。毎回「シュルシュルシュー……」という音が空気を裂き、神経を切り裂いた。ライト・ブルーの天幕が切れ切れに引き裂かれ、寒風の中でパタパタと揺れている。風の中では同時に無数の切断された神経の切れ端が揺れている。(pp.84-85)