柴崎友香「この場所からあの場所へ」『新刊展望』(日本出版販売)703、pp.28-29、2004
曰く、
もしかして、大阪人は中国の地形に対して、東京人或いは神戸人とは違う「実感」を持つのだろうか*1。
東京という街のことは、ずっとテレビを通して知っていたけれど、実際にそこに行ったのは、二十三歳のときだった。修学旅行や買い物やディズニーランドに行くとかの理由で、その年齢になる前に東京に行く人も多いらしいけれど、わたしは一度も行ったことがなかった。それはなぜかというと、たぶん、行く理由がなかったからだと思う。
初めて東京に行ったとき、わたしは東京にいる人に会いに行った。一人で新幹線に乗って、ずっとわくわくした気持ちで窓の外を見ていた。二月の寒い日だったけれど天気はよく、富士山もそのときに初めて見た。日本にあんなに大きな山があるとは思わなかった。多摩川を越え、かなり高さのある高架を走る新幹線からは、びっしり立ち並ぶ家やマンションとその間を通る曲がった坂道が見渡せた。「地面が波打っている!」 それが、平らな大阪の街に生まれ育ったわたしの、東京についての最初の実感だった。(p.28)
また、
30分も!
友だちが住んでいた早稲田のアパートに泊めてもらい、夜中までしゃべっていて、ふと窓の外が明るいのに気づいて、こんな時間になんだろうと思って窓を開けると朝が来ていた。朝になるのが大阪よりも三十分は早かった。自分が東に移動してきた距離を、その瞬間に知った。(ibid.)