「突っ込みながら読んでいくような本」

りんごかもしれない

りんごかもしれない

加賀直樹「妄想の小ネタ、限りなく広げて ヨシタケシンスケさん「りんごかもしれない」」https://book.asahi.com/article/11601958


『りんごかもしれない』のヨシタケシンスケ氏へのインタヴュー。


絵本って、世界で一番飽きっぽい生き物が読むもの。自分の意思で彼らがページを最後までめくるって、じつはすごいこと。子どもの頃の僕にとっての絵本は「自分で読む用」でした。好きな時に好きなページを好きなだけ見るのが、僕にとっての絵本。それを自分が作ろうとすると、「じゃあ、自分一人でニヤニヤできる本を作りたい」となるわけです。

 だから、僕の絵本、大勢の前ではすごく読み聞かせしにくい。絵も小さいし、あちこちに文字が書いてあるので、どこを読んでいるのか分からない。後ろの子は見えない。ただ、僕にとっては「隙間が空いている」本が理想。本の中に、自分の経験や好みを入れ込んでしまえるような。「俺だったらこうするのにな」とか、「自分もそれ楽しいと思う」とか。1冊読み終わった時に初めて我に返るような本ではなく、1ページ目から突っ込みどころがたくさんある本。「そんなわけないじゃん」って、突っ込みながら読んでいくような本が理想です。

たしかに、これは読んであげづらい。また、寝かしつけ用には不向き(笑)。

――育ち盛りの2人の男のお子さんと向き合う毎日。創作に及ぼす恩恵は計り知れない。


 「子どもも大人も一緒だなあ」「自分も小さい頃そうだったな」って。自分自身は4人きょうだいで内向的な子でした。自分が小さい頃に知らなかった、誰も教えてくれず悩んでいた部分をいま、いっぱい思い出す。それを僕は絵本で言いたい。当時の自分の理解者であり続けたい。親になって大人の事情も分かってきた。弱さは、みんなも抱えているものなんだ。一見強く見える人も、弱さを持っていて、それを乗り越えているんだ、って。

 「これ、大人が読んでも面白いですね」「子どもの頃にこれ読みたかったです」。そう言われると嬉しい。ストレス、嫉妬心、自分のなかのどうしようもない部分を、僕は幸いにも仕事に昇華できるというのは恵まれている。面白い立場にいる。幸せだなって思います。

大人向きには、やはり『ぼくのニセモノをつくるには』かな。明和電機*1の関係者だったのか。同じ筑波大学の後輩。