何教と呼べばいいのか

提婆達多(Devadatta、デーヴァダッタ)という人がいた*1。釈迦のいとこ或いは義弟と伝えられているが、釈迦と対立し、僧伽を追放された。佛教史上最初にして最悪の裏切り者ということになっている。さて、提婆達多と釈迦の対立点の一つが菜食であった。提婆達多は肉や魚を食さないという戒律を提唱したが、釈迦はそれを「中道」を逸する「過分な苦行」として拒絶した(康楽『佛教與素食』*2、pp.6-7)。提婆達多というのは「印度史上将”不殺生戒”與”素食”観念結合起来的第一人」だったわけだ(p.6)。
さて、後の佛教によって提婆達多は徹底的に悪魔化されてしまったのだが、それにも拘らず提婆達多の弟子たちはかなり後の時代まで教団を形成していた。釈迦入滅から既に1000年以上経過した西暦5世紀、法顕は印度の「拘薩羅国舎衛城」で提婆達多の信徒集団を目撃している(p.15)。それから200年以上経った西暦7世紀にも、玄奘三蔵と義浄が提婆達多の信徒集団に遭遇している(p.16)。
これらの集団を何教と呼べばいいのか。仏教というのにはちょっと違和感がある。法顕は「常供養過去三佛、唯不供養釈迦文佛」と記しているので、やはり佛教でいいのか。