アルゴリズムを超えて?

『読売』の記事;


図書館「次のお薦め」波紋…読書履歴は個人情報

 図書館の貸し出し履歴をレンタルソフト店「TSUTAYA」の運営会社に託して活用しようという、佐賀県武雄市の構想が波紋を呼んでいる。

 履歴情報は、利用者に推薦本を紹介するリコメンドに使われるほか、運営会社の市場調査に利用される可能性もある。図書の貸し出し履歴は思想信条に関わる個人情報で、これまでは「履歴は消す」が原則だった。だが、IT技術の向上で情報分析が容易になる中、履歴活用に踏み出す図書館は増えつつある。

 武雄市が市立図書館の運営をTSUTAYAを展開する「カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)」(東京)に委託するのは来年4月から。従来の図書館登録カードをCCCの共通ポイントカード「Tカード」に置き換え、Tカードのもつ機能は原則利用できるようにする計画だ。例えば、本を1冊借りるごとに1円分のポイントが付与され、提携するコンビニなど小売店4万6000店で交換できる。

 「あなたにはこんな本がお薦めです」などと、過去の貸し出し情報などから、各人の関心にぴったりの本を薦めるリコメンドも、目玉サービスの一つだ。

 ただ、リコメンドするには貸し出し履歴をCCCが蓄積して分析する必要がある。さらに、履歴を匿名化した上で提携の小売店に提供し、市場調査に活用することも検討されている。

 こうした履歴の活用は、図書館では長年タブーとされてきた。全国の図書館2357館が加盟する日本図書館協会の「図書館の自由に関する宣言」(1979年改訂)では、「何を読むかはその人のプライバシー」と定め、ほとんどの図書館では本の返却後すぐ履歴を消去してきた。国立国会図書館の場合、閲覧・複写の申請データを1か月後に消去する。
(2012年5月28日07時32分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120526-OYT1T00457.htm

佐賀県武雄市の図書館問題はネット上では既に議論があり、高木浩光氏と武雄市長とのやり取りなどもあったが、既成ジャーナリズムもやっと追いついた、という感じなのだろうか。記事のタイトルにある「波紋」とはそのネット上の議論を指している筈。
上の記事の範囲で幾つか問題を指摘してみる。
「リコメンド」というのは「履歴」との相関関係が高いアイテムが機械的にピック・アップされるということであろう。amazonの「おすすめ商品」に言及した鈴木謙介氏(『カーニヴァル化する社会*1)が言うように、或る特定のアルゴリズムに従って機械的に算出されたものにすぎないのに、私たちの側はそこに「何らかの人称的な選択が働いたかのような錯覚」をしてしまう。換言すれば、そこに「リコメンド」する人格或いは主体の存在を構築してしまう。上の記事も既にそうした人格の存在の(多分無自覚的な)定立を前提にして書かれているといえるだろう(例えば「各人の関心にぴったりの本を薦めるリコメンド」という表現)。「リコメンド」に対する違和感の多くは、こうしたアルゴリズムの背後に人格を見てしまうことと関係しているのではあるまいか。
カーニヴァル化する社会 (講談社現代新書)

カーニヴァル化する社会 (講談社現代新書)

「市場調査に活用する」云々。これも説明不足の感あり。一般に「市場調査」というと、年齢やジェンダーといった変数と借り出し傾向との相関関係を算出するということなのだろうけど、そこには〈プライヴァシー侵害〉の余地はないとも言える。というのも、そこでは利用者の人格は〈否定〉され、たんなる変数の束に還元されてしまうからだ。しかし「市場調査」(マーケティング・リサーチ)とマーケティングは違う。人格が還元されるのではなく、蓄積されたデータがまさに人格をターゲットとして利用されたらどうなるのか。メイル・アドレスや住所とリンクされるかたちで、例えば株の本を借りたら株を買えというDMが来る、SM小説を借りたら鞭や蝋燭を買えというDMが来る。「市場調査」ならぬマーケティングに利用されるという不安や不信感は確実にあるのだろうと思う。