長江と「兄妹始祖神話」と「歌垣」(メモ)

工藤隆「長江から延びる「兄妹始祖神話」」『毎日新聞』2010年10月6日


少し抜書き;


兄妹始祖神話の典型的な「話型」(モチーフ、大きな話の型)は、洪水などによって人類のほとんどが死に絶え、生き残った兄一人と妹一人(姉と弟、母と息子、父と娘、オバとオイという例も少数ある)が結婚し、肉塊や不完全児を経てやっと普通の人間の子が産まれ、以後子孫が続いて今に至っているというもの。この「話型」の神話を、長江流域の多くの少数民族が伝えている。
古事記』ではイザナキ・イザナミ神話などに兄妹始祖神話の痕跡があるが、サホヒコ・サホヒメ兄妹などの二伝承はいずれも心中に終わる新しい段階のものである。一方、沖縄の兄妹始祖神話ではほとんどが島が栄えるというものであり、悲劇の結末で語られるものは少数だ。

兄妹始祖神話は、沖縄にはあるがアイヌ民族には無く、朝鮮半島の古代神話にも無い。したがって、アジアの古代には、長江流域から台湾(先住民)、沖縄、九州、本州へ及ぶ兄妹始祖神話文化圏が存在していたことが推定できる。また歌垣は、沖縄文化に顕著であり、日本古代文学資料にも多くの痕跡を残しているが、古代朝鮮半島には無いし、アイヌ民族にも台湾(先住民)にも無い。したがって日本古代文化は、長江流域から沖縄を経て日本列島本州まで延びる歌垣文化圏(台湾を除く)にも所属していたことになる。
「兄妹始祖神話」については石田英一郎『桃太郎の母』でも考察されていたか。「洪水」神話との関係で。また、「長江流域」の「少数民族」ということで、工藤氏は「イ族」(彝)に言及しているが、「長江流域」には「イ族」のようなチベット系の諸族のほかに、苗瑶系の諸族もおり、同じ文化圏に属していることが直ちに血統上の系譜関係を共有することにはつながらない。また台湾先住民はマレー系とされる*1。因みに、現在のチベット人の先祖が現在の漢族の先祖*2から遺伝子学的に分岐したのは約3000年前である*3

話は変わって、


鈴木英生「「独自的普遍」の構図こそアンガージュマン 没後30年のサルトル『嘔吐』を新訳した鈴木道彦・獨協大名誉教授に聞く」『毎日新聞』2010年10月6日


『嘔吐』の主人公「ロカンタン」を巡って;


金銭的な問題を無視すれば、ロカンタンの孤独はネットカフェ難民らの孤立と重ねて読むことができるだろう。「単独者」が「群れる人間」の価値観になびいてしまう構図は、若年貧困層がネット上の右翼的な言説に賛同する様子を連想させる。
どちらの「鈴木」の見解なのか。

*1:マレー系の人たちが中国大陸に居住していたかどうかについては議論があるのではなかったか。

*2:漢族という呼称の孕む問題性については、http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100824/1282682087を参照されたい。

*3:http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100702/1278033177