フレームのコミュニケーションは?

『読売』の記事;


障害ある生徒にセクハラ、教諭4人を停職1か月
 特別支援学校の高等部に通う、身体に障害がある男子生徒1人に嫌がらせやセクハラ行為をしたとして、滋賀県教委は21日、同校に勤務する男性教諭4人(35〜54歳)に対し、停職1か月の懲戒処分とした。


 発表によると、41歳の教諭は6月に2回にわたり、生徒が嫌がっていたにもかかわらず、給食のスープやおかずに私物の唐辛子を振りかけた。54歳の教諭は同月、「先生が歯医者さんになってあげよう」などと言って、マット運動であおむけになっていた生徒にまたがり、前歯にペンチを1、2秒当てた。

 また、35歳と47歳の教諭2人も同中旬、マット運動中の生徒に、それぞれ足で下半身を触るなどした。

 生徒の保護者から学校に連絡があり、発覚した。調査に対し、4人は「生徒の緊張状態をほぐしたいと思った」「コミュニケーションの一環だった」などと釈明しているという。

 県教委は校長ら上司3人も訓告処分とした。末松史彦教育長は「第三者を交えた検証チームを設置し、原因究明と再発防止に全力を挙げる」と謝罪した。

 今回の処分について、4人のうち41歳の教諭は21日午後、県庁で記者会見。県人事委員会に不服申し立てを行う方針を明らかにするとともに、「行為自体は深く反省しているが、教育活動の範囲内。学校や県教委による聞き取り調査が十分に行われておらず、処分は不当」と主張した。

 会見に同席した県公立高校教職員組合によると、残り3人の教諭も不服申し立てを検討中という。

(2010年7月21日12時10分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100721-OYT1T00510.htm

グレゴリー・ベイトソンやアーヴィング・ゴッフマン(Frame Analysis)を持ち出すまでもなく、私たちは現実を、マジ/遊び、ベタ/ネタといったフレームを交替させながら経験している*1。この能力は人間だけでなく、勿論動物にも認められるのだが。例えば、犬がじゃれることと本気で噛みつくことの区別。社会的行為(相互行為)の場合、重要なのは、私が想定しているフレームが行為の相手たる他者と共有されていることであろう。フレームを交替させるときは、相手に何らかの合図を送って、相手もそれを了解する必要がある。また、相手は私によるフレームの交替を拒む権利を(あくまでも原理的には)有している。フレームの交替にはフレームのコミュニケーションが伴うわけだ。ここで注意しなければならないのは、少なからぬ現実の相互行為の場合、私と他者との権力関係は非対称的であることだ。相手が(原理的には)有している筈のフレーム交替を拒む権利を行使できないこともあるし、逆に私によって相手にフレーム交替を告げられないということもありうる。またそれだけでなく、フレームの交替には個人の能力が大きく関わっている。相手についていえば、私が送った合図を素早く読んで反応する人もいえば、合図を読む能力の劣る鈍感な奴もいる。ここまではマジ/遊び、ベタ/ネタといったフレームを私/相手が意識的にコントロールすることを前提としていたが、フレームをコントロールする能力も個人によって、また心理学的な発達段階に応じて、様々であるといえるだろう。山崎正和氏(『社交する人間』)が指摘するように、「遊びとまじめ」の区別を知るためにはそれなりの成熟が必要なのである*2
Frame Analysis: An Essay on the Organization of Experience

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社交する人間―ホモ・ソシアビリス (中公文庫)

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上の4人の教師に対する「処分」が妥当なのかどうかは多分今述べたフレームのコミュニケーションが適切になされたかどうかにかかっているといえるだろう。しかし、それを判断するには、上の記事の情報は少なすぎる。ただ、「教育活動の範囲内」というクレイムが出ていることには注意を要するだろう。「教育」というフレームはマジ/遊び、ベタ/ネタといったことを超えて、万事を飲み込んでしまうようなジョーカー的なフレームなのだ。これは児童虐待をする親にとって「しつけ」という言葉がどんな虐待でも正当化してしまう魔法言葉として機能することもあるように*3
さて、ファースト・キスにおいて遊び(ごっこ)がマジに転化することについては、ミシェル・レリス『成熟の年齢』をマークしておく。私のファースト・キスは遊びだったかマジだったか。
成熟の年齢 (1969年)

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「54歳の教諭は同月、「先生が歯医者さんになってあげよう」などと言って、マット運動であおむけになっていた生徒にまたがり、前歯にペンチを1、2秒当てた」。ガキにとって歯医者は怖いもの。その怖さを克服するのは勇気でも何でもなくて、現実の虫歯の痛さしかないだろう。歯医者の恐怖を描いた映画といえば、やはりダスティン・ホフマン主演の『マラソン・マン』か。
マラソン マン [DVD]

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*1:ゴッフマンのフレーム概念については、http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090516/1242414172http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090531/1243749688で言及した速水奈名子「身体社会学とゴッフマン理論」(『コロキウム』2, pp.80-102)を参照のこと。

コロキウム〈第2号〉―現代社会学理論・新地平

コロキウム〈第2号〉―現代社会学理論・新地平

*2:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100203/1265167030

*3:See http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100715/1279191384