「清正井」など

東京新聞』の記事;


明治神宮境内にパワースポット!? 『清正井』に大行列

2010年1月20日



 寅(とら)年の今年、「虎退治」で知られる武将・加藤清正が掘ったといわれる明治神宮(渋谷区)境内の「清正井(きよまさのいど)」が突然、名所になった。

 清正井は、境内の庭園「御苑(ぎょえん)」の奥にある。石垣に囲まれたくぼ地の底に、直径八十六センチのおけが埋められており、その中から清水がわき出ている。昨年末にテレビ番組で紹介されて以来、「写真を携帯電話の待ち受け画面にすると運気が上がるパワースポット」とのうわさが広がり、全国から人々が訪れる。

 行列は数百人。先頭にたどりつくと一人一人、井戸の前に立ち、携帯電話で撮影していく。

 平日でも御苑入り口には「待ち時間 五時間」の説明板。東村山市の大学生東雲才一ん(22)は午前九時三十分に友人と来て、三時間待った。「並んでる間は寒くて震えたが、パイロットになれるよう、お願いできてよかった」と笑顔。昼すぎ、青森県八戸市から夫婦で訪れた会社員松山洋子さん(59)は「今から並んでも時間切れなので、あきらめて帰ります。井戸に行くために東京に来たのに」と残念そう。

 明治神宮は「明治神宮が『御利益がある』と言っているわけではありません」と、熱すぎる期待に懸念しながらも「そもそもこの井戸が、神宮の由緒にかかわる重要な場所」と説明する。一九二○(大正九)年の創建時、現在地が選ばれた大きな理由は、明治天皇昭憲皇太后夫妻が生前、泉わき出る御苑の風情を気に入っていたこと。御苑は加藤清正が初代藩主を務めた熊本藩下屋敷だった。

 御苑は午前九時〜午後四時。拝観料大人五百円。明治神宮は、清正井見学には長時間かかるため、公共交通機関利用を呼び掛けている。

  (増田恵美子)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/20100120/CK2010012002000062.html

明治神宮の境内がそもそも熊本藩下屋敷だったこと、「清正井」なる井戸があることは知らなかった。
ただ、井戸が霊的な特異点であることは構造論的にも明らかだろう。井戸は地上の裂け目、地下への通路である。橋が水平的に異界を媒介するように*1、井戸は垂直的にこの世界と異界を媒介するということができる。また、井戸は屡々字義的な意味で異界への通路、すなわち身近な自殺スポットであり、特にお城の井戸だと、苛められた女中がその井戸に身を投げたというような伝説が残っているところも少なくないのではないか。
水といえば、飲むもの、浴びるもの、つまり直接身体に触れるものである筈なのだが*2、ただケータイのカメラで撮るだけというのはどういう意味? 私としては、仏蘭西ルルドの泉みたいに歩けなかった人が突如歩けるようになるといった〈奇蹟〉が起こったりした方が面白いとは思うのだが。「写真を携帯電話の待ち受け画面にすると運気が上がる」というのはやはり漠然としているし、ぬるい感じがする。
東京の山の手は文字通り〈山〉であり、そもそもそこかしこから水は湧き出ていた。但し、その後、主に地下鉄の工事のために水脈はずたずたにされてしまったが。
「寅年」ということで、加藤清正の「虎退治」の話を持ってくるというのは、朝鮮半島との関係において些か無神経なところもあるが、それはさて措き、朝鮮語では〈むかしむかし〉を〈虎が煙草を吸っていた頃〉と表現するらしく、また虎はソウル・オリンピックのマスコットにもなった(ポドリ)。かなり以前に或る韓国の人に、今でも虎はいるの? と訊いたことがあったが、そのときは南にはもういないけれど北にはひょっとしたらいるかも知れないという答えだった。今はどうなのか。これは北朝鮮の大規模な飢餓が報じられる少し前の話である。英語のtigerの語源はTigrisで、その語源となったイラクティグリス川の流域では20世紀初頭までは虎の棲息が確認されていたということだが(たしか、阿部重夫イラク建国』)、それもさて措く。「楚では「虎」を「於兎」と呼ぶので、寅年生まれの人には於兎を名前に使うことが多い」と書いたのだが*3、虎について常々疑問に感じていたこと。周知のように、日本列島には虎は住んでいなかった。なのに、何故トラという大和言葉があるのか。その語源は何なのか。同じく日本列島には住んでいなかった豹には和名はない。また、外から移入されたウマは漢語の馬(ma)が訛ったもの。では、トラの語源は如何に?
イラク建国 (中公新書)

イラク建国 (中公新書)

*1:See http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091220/1261308211

*2:小沢浩『新宗教の風土』に富山県で突如生成した〈霊水〉信仰の話が出てくる。

新宗教の風土 (岩波新書)

新宗教の風土 (岩波新書)

*3:http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100113/1263357673