2つの料理(メモ)

半島 (文春文庫)

半島 (文春文庫)

松浦寿輝の小説『半島』から。
「島」のヴェトナム料理屋にて。


運ばれてきた料理は仕込みも味付けもいちいち手が込んだもので、迫村はどの皿にも堪能しつつ、バンコクで一、二度行ったことのある本式の高級ヴェトナム料理屋に劣らない味だと思った。コーチシナからタイ、マレーにかけての料理はどの文化圏でも長い歳月のうちにそれぞれ独自の洗練を極めていて、あの香菜の味が我慢できないという日本人が多いが、スパイスが味蕾にもたらす官能の饗宴に関するかぎり日本人の舌は良く言えば禁欲的、悪く言えば貧弱で鈍感にすぎるのではないかというのが年来の迫村の疑問だった。日本人が子どもの頃から親しんでいるのは要するに醤油出汁の味であり、素材の自然の風味を引き立てると称するこの出汁味の無限のニュアンスの開発がこの国の食文化の伝統の中身なのだが、それにしても何とも狭い音域での微妙な差異に拘泥してきたのものではないか。そこにはほそみだの、わび、さび、しをりだのといった貧困の美学の洗練にも通じるものがあり、それはそれでなかなか大したものとはいえ、様々な香草や香辛料の喚起する豪奢な色彩感が衝突し合い、互いを増幅し合い、強調し合い、かと思うと互いを宥めすかし、和らげる、そんな味覚の交響楽を何とはなしに下品と蔑むような高踏趣味が、この国のほそみの美学の限界なのではないか。そりゃあ枯山水水墨画も大したものだ。大したものだが、だからと言って派手な原色のぶつかり合いが感覚を官能の眩暈に巻きこんでゆく、そんな熱っぽい体験に対して自分を鎖してしまうのはつまらぬ夜郎自大ではないか。(pp.33-34)
取り敢えず、http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091203/1259779839にリンクして。


ところで、mixi Xmasの「靴下」をまだ飾っていない人は至急飾って下さい。「ベル」を鳴らせません。