「植物のような交合」(メモ)

半島 (文春文庫)

半島 (文春文庫)

http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091211/1260473273に続いて、松浦寿輝『半島』から;


(前略)先達ての折りもそうだったが思い返してみると昨夜も眠りに落ちる前に樹芬との間に交わしたのは何やら馥りの高い植物の茎から滲み出た漿液に顔と言わず手足と言わず軀中激しくまみれるといった体験だったように感じられてならない。息を荒げ声を高めるとか腿の内側の柔らかなところに唇を押し当てて血の滲むほどに吸うとか、ずいぶんと生臭い身振りもあったはずなのに、迫村の思い出せるかぎりの樹芬との交わりの印象にはけだもの染みた匂いはなぜか皆無だった。植物のような交合、と迫村は考えた。もっとも、植物的な性が激しい情念の昂ぶりと無縁だなどとはいささかも決まったものではない。(pp.111-112)
〈草食男子〉とは無関係?
また、「坂」を巡る主人公=語り手「迫村」の思索;

坂は右に左にゆるやかに彎曲しながらどこまでも続いてときどき傾斜が急になるかと思えばまただらだら坂に戻り、海もときどき屋根屋根に隠れて見えなくなる。坂道という空間には何やら生の秘密に通じるものがありはしまいか。時間というものは平らな道を坦々と歩いてゆくようには決して流れないのだ。生はいつでも傾斜している。昇るか、下るか、どちらかだ。昇っているつもりで下っていることもありその逆もあり、しかし結局、人は吹き降ろしてくる風に背を押されながら少しずつ少しずつ沈んでゆく。そうでしかありえまい。その一方で、吹きつける風を正面から受けとめ、それに向かって真っ直ぐ歩いてゆくのもむろん迫村は大好きだった。あれもまた爽快なものだとふと思い、するとそれにつれてたちまちいろいろな記憶が蘇ってくる。俺の覇気と根性を試してくれるそんなふうに爽快な風があり、他方またこんなふうにどこまでもだらだらと続く下りの道行きを後押しし俺の沈降を助けてくれる風もある。有難いことではないか。(p.116)