「瞬間」と「強度」(メモ)

半島 (文春文庫)

半島 (文春文庫)

松浦寿輝『半島』*1からメモ。
主人公=語り手の迫村による思弁。


人の生涯というのは数十年かそこら、百年にも満たない短い時間だけれど、それでも目を凝らして微細に見るならそれは無数の瞬間の集積から成り立っている。しかしそれにしても、一瞬とは、瞬間とは、いったいどのくらいの長さの時間なのか。漢字の意味から言うならそれは「瞬き」のことだ。が、ぱちりと目を閉じてまた開く、その間の時の経過など、実のところは存在しない。長さのないものが瞬間なのであり、そこにあるものは強度だけだ。あるとき、ある顔が、ある花が、ある音が、ある風が、振り返ったその人の首筋からふわりと漂ってくるあるかなきかのある馥りのたゆたいが、ある強さで人をうつ。「瞬き」の「間」とはそれだ。激しいスコールの中で幾つかの西瓜がぼろりぼろりとこぼれて宙に浮き路面に当たったとき迫村が蒙ったある強度、それが瞬間なのである。(p.245)
「西瓜」のエピソードはpp.230-231。