鳥居龍蔵(メモ)

承前*1

阿部純一郎「20世紀前半日本の人種・民族研究における「異種混交」現象への応答――自然/文化科学の境界線をめぐる論争――」『名古屋大学社会学論集』29*2、2009、pp.21-46


かなり時間が空いてしまったが、第2節「人種と雑種」から、前回の坪井正五郎に続いて、鳥居龍蔵(1870-1953)。
鳥居は「坪井の直弟子で、日本の海外フィールドワークの開拓者」。また、「人類学を人類一般の研究とみなす坪井の包括的な立場に対して、自然/文化科学という専門分化の必要性を主張した」(p.23)。


鳥居は「人類学」と「人種学」・「民族学」とを、その目的や方法論などの点で、正反対のベクトルに位置づけた*3。ここでいう人類学とは、「自然に於ける人類の位置」をその他の動物との比較を通じて解明する分野をさす。鳥居によると、この分野は専ら「動物本位」で進んでおり、その関心はいまや類人猿との比較をおえて「類人猿以下」に向かっているという。換言すれば、それは動物学や生物学といった「純然たる自然科学」の領域に近づいている・これに対して鳥居が専攻する人種学・民族学は、人類の下位分類(race, clan, tribe, family, stock等)に向かって研究を進めるもので、解剖学や地質学などの自然科学の知識にも触れるが、さらに歴史学や心理学や言語学などの「文化科学」の比重が高くなるという。そのうえで鳥居は、この研究ベクトルを全く異にしている分野をいっそ分離して、お互いを精緻化させていくべきだと提案している。
注意すべきは、ここで鳥居が自然/文化科学の分離を主張している意図は、主として人種学と民族学を切り分けるためではないという点だ。彼の重心は、いわば「人類以外」と「人類以下」の研究を分けることに置かれている。(略)確かに鳥居は、人種学・民族学を「文化科学」の指向性をもつ学問として位置づけたが、そこで重視されている指標は、特に「体質」である。鳥居の関心は、人種・民族固有の文化、お互いの類縁性、そして地理的分布を画定することにあり、そのさい重要な手がかりとなるのは、たとえば言語の共通性よりも「体格」の類似性だと考えていた。(pp.23-24)
鳥居の「人種の研究は如何なる方法によるべきや」(1910)からの引用(p.24);

もし正しく言語が一致していたとしても、第一に体格に於いて一致して居るかどうかということを前に研究せんければならぬ。体格に於いてあらかじめその通りであって而して言語に於いてそれであれば、そこで初めて値打ちが定まって来るのである。
鳥居の「化学的なメタファー」(p.25)。「外部との接触往来が頻繁な社会において、人種・民族の純粋かつ固有の心理を抽出する方法について」鳥居曰く、「吾々はこの場合には、かの化学者が試験をする如く、玻璃管の中にある元素を入れて、その元素から他の元素を抜き取って、そうして単なる元素を出すというふうにせねばなりません」*4
(前略)鳥居の主張を支えているのは、この方法論的還元の可能性であり、それは異種混交現象を、各元素へと分解できる化合物のように捉える想像力によって支えられている。鳥居が言語よりも体質を重視している理由も、この文脈で再度おさえておくべきである。この点について鳥居は、自らの満洲での調査経験を引き合いにだしながら、体質とは違って、言葉は簡単に忘れられてしまうと語っている。これを化学的に言い換えるなら、異なる体質をかき混ぜてみても、なかなか溶けずに長く残留するのに対して文化は流動的である、という今日までつづく支配的な対立軸の萌芽を確認することができる。人間の身体とは鳥居にとって、異なる人種・民族が混交している不純な空間の中から、その純粋な姿を復元するための手がかりを与えてくれる痕跡だった。(ibid.)
鳥居によれば、「異種混交現象」は「不可逆的」ではない――「いったんは消失したかにみえる民族固有の姿も、事実上復活してくる」可能性(ibid.)。「民族は沈殿する」。「異民族によってかき回されることが少なくなり、落ちついた静かな状態にある場合には、いったん外来文化と混ざり合ってしまった日本固有の文化も、ふたたび顕在化してくる」(p.26)。
阿部氏の総括――鳥居は
民族(および人種)研究における文化の重要性を指摘する一方で、人種(および民族)研究における身体の優越性を主張した人物である。と同時に、そこで身体=固定的/文化=流動的という対立軸を用意した人物でもある。(ibid.)
但し、鳥居の「次世代への直接の影響は強くなかった」(ibid.)。1924年東京帝国大学「第二代人類学教室主任」を辞任。「鳥居人類学研究所」の設立。その後の東大「人類学教室」の「自然科学化」。松村瞭、長谷部言人(pp.26-27)。

鳥居龍蔵については、出身地の徳島県鳴門市に「徳島県立鳥居記念博物館」あり*5。また、同博物館のサイト内の「鳥居龍蔵の生涯」*6、「鳥居龍蔵の生涯 年表編」*7も参照のこと。


ところで、大学に入った頃、自然人類学(形質人類学)の入門書として(文化人類学の先生に)薦められたのは、香原志勢『人類生物学入門』だった。

人類生物学入門 (1975年) (中公新書)

人類生物学入門 (1975年) (中公新書)