西村など

西村康稔という人について何も知らなかったので、少しメモ;


西村康稔兵庫県明石市の出身であり、神戸市の灘高校から東大法学部を出て通産省入りしている。環境・エネルギー関係が専門だったらしく、この分野で通産省時代にどういう仕事をしたのか興味があるが、それはともかく、私の感覚ではこの男を「地方代表の政治家」とみなすことは難しい。

西村で覚えているのは、ライブドア事件の時に、投資事業組合にかかわった噂が流れたことだ。この件は本人が否定して終わりになったが、灘高−東大−通産省出身という経歴とライブドアというと、直ちに思い浮かぶのが村上世彰であり、西村は高校・大学・役所を通じて村上の後輩にあたる。そして、西村は村上ファンド関連会社役員から献金を受けていた(「しんぶん赤旗」が2006年に報道)。

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-06-28/2006062815_01_0.html

この記事には、「西村氏が神戸市内で開いた後援会の会合で村上被告が講演するなど、交友関係があったと報じられています」と書かれている。

こんな男がなぜ小泉構造改革を否定できるのか、私にはさっぱり理解できない。一つ指摘しておかなければならないのは、西村が安倍晋三の側近の一人とされていることだ。安倍は、新興IT起業家とのつながりも深く、ライブドア事件の時には現首相の鳩山由紀夫によって、「投資事業組合にかかわった自民党の政治家」として実名を挙げられた。2006年2月12日のNHKテレビ「日曜討論」でのことだが、小泉・安倍が不可侵だった当時の風潮のためか、この鳩山発言は「黒歴史」にされてしまった。なにしろ、鳩山幹事長(当時)がこの爆弾発言を行った当日でさえニュースで取り上げられず、数日後には「偽メール事件」が起きてしまったのだ。

現在も西村は安倍のダミーとして動いていると考えて間違いないだろう。安倍は、小泉の後継者になるためにそれが必須だったので小泉構造改革路線を支持したが、本音では経済政策には全く関心がない。「真正保守」としての狂った極右思想にしか興味がないのである。そして、山本一太河野太郎の推薦人になったことからもわかるように、自民党内の構造改革派は河野太郎でまとまろうとしている。河野太郎は、政治思想的にはハト派に近いが、経済思想面では新自由主義者で、「サンプロ」で放映された討論でも、「『小さな政府』で経済成長を目指す」と明言した。マスコミも河野を応援する構えを見せている。しかし、「真正保守」を自認する安倍晋三にとっては、政治ハト派である河野太郎に総裁の座を渡すわけには絶対にいかない。だから、指摘されているように若手の票を分散させるために西村を立候補させたのである。谷垣禎一であれば、まだ安倍にとっては我慢できる選択肢だ。
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20090920/1253418786

また、

もう一つ、西村の小泉構造改革批判は、小泉純一郎が国会を去った現在、町村派にとって「カイカク」がその存在意義を失ったことを意味する。仕切りたがりの森喜朗や、狂った極右思想に頭を支配されている安倍晋三にとっては、小泉改革など初めから自民党延命のための道具に過ぎなかった。安倍は、小泉の後継者になるためにそれが必須だったので小泉構造改革路線を支持しただけの話で、本心では経済政策には何の関心もない。今後、民主党政権が支持を低下させた時、平沼赳夫城内実のような国家主義者の台頭が予想されるが、平沼一派は、現にそうであるように、経済政策では反「構造改革」の立場をとっている。要するに、彼らは国家社会主義者なのである。西村康稔の総裁選当選は、今回に限ってはあり得ないが、西村の出馬および西村への支持の拡大は、国家社会主義の台頭という、もっとも警戒すべき動きへの道を開こうとするものであると当ブログ管理人は考える。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-998.html
河野太郎は、保守本流とも「真正保守」とも違う、小泉純一郎渡辺喜美から右翼への媚びへつらいを取り除いたような、正真正銘の新自由主義者、と言って悪ければ「カイカク派」の政治家と位置づけられる」という。彼については1度批判的に言及したことがあるが*1、2004年に小泉純一郎靖国参拝を批判した言説*2は今でも最良の小泉純一郎批判のひとつだと思っている。
河野太郎の総裁選当選が日本にとっても自民党にとっても一番ましな選択ではないか」。でも、「大きな政府」派と「小さな政府」派が均衡的に対立するって、あまりに健全すぎない? 寧ろ自民党安倍晋三平沼赳夫城内実トロイカによって極右政党として暴走する方が傍観者的には面白いんじゃないと思ったりもする。しかし、それはあまりに亡国的な途だろう。俺ってこんなに愛国的だったのか。