- 出版社/メーカー: 角川エンタテインメント
- 発売日: 2008/01/25
- メディア: DVD
- 購入: 3人 クリック: 107回
- この商品を含むブログ (57件) を見る
大林宣彦監督の『転校生』がリメイクされたということをずっと知らなかった*1。さて、前作の『転校生』との差異として、
尾道/信州(長野市)
海/山
夏/秋
ホームカマーとしての女性/ホームカマーとしての男性
映画/音楽
という対立を先ず挙げることができるだろう。勿論、最初の2つの対立は2007年版自体に内部化されていて、例えば尾道/信州という対立はうどん/蕎麦という対立として変奏されている。また、海/山の対立に関しては、(実は)前作で主人公たちの身体の入れ替えが起こってしまうのは階段(山)から転げ落ちたことによってだったのに対して、今回は渕(水)の中に落ちてしまうことによって起こるというふうに、その対立が中和されている。
さらに物語に関わるような大きな違いがあるのだが、それについては後述する。勿論、男女の中学生である主人公たちの身体が入れ替わってしまうというモティーフは共通している。私たちはジェンダー化され・セックス化された存在であるわけだが、それは決して自明なことではなく、私たちが自らの身体に対して折り合いをつけ、それに纏わる社会的な規範とかと交渉し、ジェンダー化され・セックス化された存在としての私たち自身を引き受けた効果なのである。また、この映画は私たちの身体が生きられた身体でしかありえないことを改めて想い起こさせる。ここで生きられた身体というのは(観念としての考えられた身体に対立する)lived bodyということだけでなく、body that has been lived、実際に生きた経歴が刻み込まれた身体、或いは習慣化された身体ということである。突然異性の身体に入れ替わってしまったために、服を着ることも、小便をすることもままならなくなる。今まで身体とともにあった習慣が身体が替わってしまったために通用しなくなるからである(入れ替わった身体にはまた別の習慣が刻み込まれている)。また、身体が入れ替わってしまったことによって、それまで自明だった自己と他者の境界も曖昧化する。自己の中に他者が住みつき、自己の一部はいまや他者の中に居候している。
前回と違うことの一つは、一美が突然余命3か月の難病に罹って結局死んでしまうということだろう。勿論、死に至る難病(映画の中でキエルケゴールの『死に至る病』が重要な機能を果たすのだが)がお涙頂戴の常套手段であるということはいうまでもないのだが、この映画を観ていて、感じたのはそういうことではない。死に直面することによってしか、或いは自己でもある他者の死を通してしか、自己を確立できないという過酷さである。自己であること、それはそうした他者を断念しつつ、そうした他者を想い出として抱え込むということなのである。現実の死を導入することによって、このことが明確になったように思う*2。
また、今回は斉藤一美/斉藤一夫というカップルのほかに、山本弘/吉野アケミというカップルが登場する。2組のカップルは四角関係的な側面もあるのだが、それはともかくとして、山本弘は斉藤一美の一応彼氏ということになっていて、実は一美の保護者的な存在である。最近、『NANA』にしても、綿矢りさの『インストール』*3にしても、(恋愛関係があるかどうかはともかくとして)同世代の男がヒロインの保護者的存在であるという物語が多いなという感じがするのだけれど、この映画はそのように見せかけつつ、〈保護者的存在〉を挫折させている。何しろ、山本弘は彼女に失恋し、さらには死なれてしまうのだから。
長野の善光寺近くの路地を駆け回るカメラ・ワークの疾走感。これを観ただけでも、映画を観たなという幸福感に浸ることができる。勿論、信州の高原の秋の風景の美しさはいうまでもない。役者では、主演の蓮佛美沙子のあっけらかんでありながら翳りがあって、媚びることのないない存在感は凄いと思った。それに対する一夫役の森田直幸は存在感においてちょっと負けているかなとも思った。脇で言えば、旅藝人の一座の座長役の宍戸錠はいいと思ったし、また一美の兄の窪塚洋介もいい。
さて、「性善説・大林宣彦の映画には「毒」がない」という記事*4があったのだが、これは褒め言葉であった――
勿論、根っからの〈悪人〉は出てこない。しかし、そんなのは〈映画は現実ではない〉と一言言われれば、批判ではなくなってしまう。ただ、(この言に反して)「毒」があちらこちらに仕掛けられていることは明らかだと思う。
大林の映画は、しかし彼の善良な人柄を反映して「毒」が無い。人間性善説を信じている人で、穏やかで平和な人物が主人公だ。暴力やセックスは描かず空想や幻影のSFが好きだ。不思議な瞬間に男の子と女の子が入れ替わる「転校生」などは典型的大林映画だ。
前作の小林聡美/尾美としのりの『転校生』ももう一度観てみたいものだと思った。
- 出版社/メーカー: バップ
- 発売日: 2001/04/21
- メディア: DVD
- 購入: 4人 クリック: 237回
- この商品を含むブログ (113件) を見る
*1:http://www.tenkousei.net/top.html http://www.nikkansports.com/entertainment/cinema/p-et-tp1-20061004-99060.html http://www.eigadaisuki.net/k/kikaku.htm
*2:このリメイク版『転校生』は実は岩井俊二の『Love Letter』の影響を受けているのではないかというのはたんなる思いつき。
*3:Cf. http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070822/1187799227