中井久夫からのメモ(日本と希臘など)

中井久夫「訳詩体験から詩をかいまみる」『図書』706、2008、pp.44-50


述べられていることは、主に中井氏のヴァレリー「若きパルク」翻訳経験に纏わるあれこれ*1。しかし、今回メモするのは、それとは直接関係のない箇所。まず、日本と希臘について;


トルコ三百年の文化的・政治的支配下に置かれて、その言語の三割にトルコ語の影響を残す現代ギリシアは、独立回復後、東地中海における英国の番犬の地位に甘んじつつ、一後進国として海運と商業とを頼りに資本主義に参入し、西欧文化を急速に摂取していった。その最初の開花が一九三〇年代の詩人たちであり、私はその世代のエリティス、セフェリス、リッツォスに接したということである。それは、中国文化、ついで西欧文化の支配的影響下に置かれて、半強制的に帝国主義時代の資本主義に組み込まれた日本と私の中でどこか重なっている。
また、エジプトはフランスの指導下に近代化を行おうとした国である。その時、トルコ帝国内のギリシア人が動員された。この近代化の試みは非西欧国として世界最初であって、第二番目の国である日本よりも半世紀以上前である。それが独立を全うできずに英国の属領となった時期に英国人の下で下級公務員としての人生を始めたのがアレクサンドリアの詩人カヴァフィスである。欧米の読者には問題にならあにことであろうが、私は幕末以後の日本の歴史を思い浮かべずに、この詩人の詩を読むことができなかった。(p.47)
「トルコ帝国」という表現についていえば、やはりオスマン帝国でなければならないのだろう。土耳古人による国民国家ではなく、あくまでもイスラームの帝国であったからだ。取敢えず、鈴木董『オスマン帝国の解体』をマークしておく。
オスマン帝国の解体―文化世界と国民国家 (ちくま新書)

オスマン帝国の解体―文化世界と国民国家 (ちくま新書)

次いで、精神医学と翻訳を巡って;

最後になぜ私は訳詩であって、詩作ではないのかということを問われそうである。詩人でないことを高校時代に自覚している。素質のなさとしかいいようがないが、また私の器量では、詩人であれば精神科医ではありえなかったような気がする。そして、精神科医という職業は一種の翻訳者、それも少なくとも統合失調症の場合には、散文よりも詩の翻訳者に近いところがありそうに思うことが時々ある。(p.50)
なお、「翻訳」についての原理的問題については、http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050703 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050801 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060816/1155708186 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060826/1156613177 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20071102/1194030402 にても言及した。

*1:ポール・ヴァレリーについては、http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060123/1137995634で関連サイトの紹介を行ったことがある。