「張子のヴェーバー」?

梅津順一「羽入辰郎教授のマックス・ヴェーバー告発について―― 『マックス・ヴェーバーの犯罪』 を読む ――」(『聖学院大学論叢』17(1)、pp.91-102、2004)http://www.seigakuin-univ.ac.jp/scr/lib/lib_ronso/contents/doc41/07.pdf


マックス・ヴェーバーの犯罪』へのコメント。大まかな結論としては、


かつて毛沢東アメリカ帝国主義を「張子のトラ」と表現したことがあった。結論からいえば私は,羽入氏が批判しているのはヴェーバーならぬ「張子のヴェーバー」であると考える。羽入氏は,ヴェーバーがそのように主張するのであれば,文献的知識はこれほどでなければならないし,資料的根拠もこれこれでなければならない。ヴェーバーはその水準を満たしていない,資料的根拠も欠けていると批判しているのである。しかし,それは本当に必要な知識なのか,不可欠の資料なのか。羽入氏の批判で「張子のヴェーバー」はズダズダにされて見る影もないが,現実のヴェーバーの傷は殊の外少ない。羽入氏が指摘するように,確かにヴェーバーには思い違いや過失もあるが,それはとても致命傷といえるものではないのである。むしろ,羽入氏が発見した文献的諸事実は,ヴェーバーの議論を補強するものとさえ私には思われる。(pp.92-93)
ということになるのか。
また、ルターのBeruf問題についての、

見られるように羽入氏は,ヴェーバーはBeruf を用いているというが,ルター訳は正確にはRufが用いられているという。羽入氏は繰り返しこの箇所について,Beruf は用いられていないというのだが,別にいえばRuf が用いられているのである。私はドイツ語学にはまったく素人だが,ドイツ語の動詞rufen は英語のcall に相当する,とすればその名詞形Ruf は,calling に相当するといえる。では,rufen とberufen の相違はどうかといえば,前者が「呼ぶ」「召す」という意味であるのに,後者の方が,より限定されて「職務に付ける」「任用する」という意味をもつ。Ruf がBeruf に置きかえられていったのであれば,単なる「召命」ではなく「職業」の意味合いをはっきりと帯びるようになって行くことと並行していたと考えられる。(p.96)
という論述は説得力を持っていると感じた。さらに曰く、

だが,私は,羽入氏とは違って,ルターにおけるベルーフという訳語の混乱ないしは首尾一貫性の欠如が,ヴェーバーの解釈,すなわち職業=召命概念が聖書翻訳に由来するという判断と矛盾するとは考えない。むしろ,ルターの首尾一貫性の欠如,さらにはベルーフに相当するコーリングの英訳聖書における使用法の首尾一貫性の欠如は,逆に,ヴェーバーの判断を強化するのではないかと考える。羽入氏は繰り返し,ヴェーバーのテキストとルターをはじめ宗教改革者の聖書翻訳のテキストは矛盾するというのだが,ルターのテキストが指示する現実を念頭におくとき,その矛盾は解消するというよりも現実をよく映し出し,ヴェーバーのテキストを支持するものとなる。(p.97)

もしも,ヴェーバーが,ルターは二重の語義をもつベルーフ概念を無から創造した主張していると解釈すれば,確かにルターには混乱があり,ヴェーバーは混乱が無いかのように事実を曲げて伝えていると批判できるかも知れない。そうではなく,宗教改革の前史から,宗教改革を準備する運動が民衆の中にあり,そのなかでベルーフ概念の萌芽が見られ,ルターをはじめとする改革者たちはそれを受け継ぎつつ,聖書翻訳の過程で徐々に明確な表現を与えていったと解することが出来るのである。ヴェーバーはそのよう意味で,ベルーフ概念は聖書翻訳に由来すると語っていると解釈すれば,むしろ,羽入氏が発見したルターの聖書翻訳におけるBeruf概念の流動的な取り扱いそれ自身が,ヴェーバーにとって有利に働くのである。(p.98)
マックス・ヴェーバーの犯罪』は読んでいないが、その原型となる論文が『思想』に掲載されたとき、早速読んで、思ったことは著者がピューリタン的な文献学的労働をしているにも拘わらず、それに見合った主張をしていないのではないかということだった。換言すれば、TVのワイドショーに(例えば)桂ざこばが出てきて、ウェーバーって奴、とんでもない奴でっせといっているようなものなのだ。『プロ倫』問題でウェーバーを批判することで、例えばゾンバルトにコミットするというわけでもなさそうだし、寧ろ興味深いのは羽入氏のウェーバーに対するネガティヴなパッション、梅津氏の言葉で言えば「ヴェーバー病」の起源だろう。
ところで、『プロ倫』問題に関しては、http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061009/1160366520 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070710/1184061034でも言及した。