太田和彦「長崎、母をたずねて」『青春と読書』(集英社)525、pp.40-43、2020
太田和彦氏*1は単行本で読んだことはないけれど、「居酒屋」関係の文章を書いている方であることは承知している。
私の母は長崎の出身だ。
戦前の中国で長野県出身の父と見合い結婚し、戦後すぐの昭和二十一年三月、北京の日本人収容所で生まれて十八日後の私を連れて家族で日本に引き揚げ、しばらく長崎の母の実家に滞在し、向かった長野県で本格的な生活が始まった。海に面して気候温暖、魚や中国料理など豊かな長崎と、山岳に囲まれて寒さ厳しく産物乏しい長野は、風土人情全く異なり母は苦労した。失意もあったかもしれない。
私が小学生のとき、母の父の葬儀のため一家で長野から長崎に行った。母にとっては初めての里帰りだ。頑固で理屈っぽい信州人とはちがい、長崎の母の実家は皆優しく「よかよ」と声をかけあい、私は子供心に「人は優しい方がいいんだ」と知った。以来長崎が大好きとなり、自分は長崎人でありたいと思うようになった。
信州出身の父の名「義一」はそういう意味、長崎出身の母の名「和子」はそういう意味。私の「和彦」は母の字からもらっている。長崎は母の町だ。(pp.42-43)