静かは危険

オウム真理教による地下鉄サリン事件30周年*1ということで、そのトピックについての各メディアの記事とかツィートを読んだ。それで気づいたのは、地下鉄サリン事件直前の1993年や1994年のことがオミット、若しくは忘却されているということだ。1990年の被り物の選挙、麻原彰晃がTVメディアの色物化したことから連続的に地下鉄サリン事件、警察権力の強制捜査が語られる。だが、1993年から事件直前にかけて、新聞やTVのワイド・ショーでも一般の会話でも、〈オウム〉は主要なトピックではなかった。オウム真理教のメディア攻勢(麻原のヴァラエティ出演や雑誌での有名人との対談)は1992年の初めくらいまでである。また、この時期、オウムと周辺住民とのトラブルも報じられなくなった。松本サリン事件は大いに報じられたが、それは〈オウム〉の事件としてではなかった*2。この時期のオウムへの無関心は報道関係者や一般人にとどまらず、宗教学者などもそうだった。〈オウム〉についてメジャーな場所で語っていたのは小林よしのりくらいか。
要するにこの時期、オウム真理教は静かだったのだ。その静かさから、尖っていたオウムも徐々に丸くなっていくのかとも思った*3。しかし、メディアから隠されたこの静かな時期にこそ、オウム真理教武装化を進め、サリン製造に成功したのだった。

*1:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2025/03/22/151954

*2:松本サリン事件がオウムの仕業であるとわかるのは地下鉄サリン事件の後である。

*3:島薗進先生も地下鉄サリン事件直後に出た『オウム真理教の軌跡』でそのような感想を記していた。