周辺的な争い

鶴橋康夫演出のドラマ『女系家族*1を観ていて思ったのは、この物語、イエ制度にとっての中心的な課題は殆ど問題なく決着が着いた上での、周辺的な利権を巡る争いなんだなということ。
イエ制度というのは家業や家産を世襲的に継続していく仕掛けなので、この場合、イエ制度にとっての中心的な課題とは、


「矢島商店」の営業権の相続
当主「矢島嘉蔵」の襲名


ということになる。それに比べると、書画骨董とか山とかは周辺的なものにすぎない。ここでいう家産というのはたんなる財産ではなく、家業を継続していくために必要な生産手段である。「矢島商店」の営業権と「矢島嘉蔵」という名を「矢島良吉」が継承することはほぼ揺るがない。ぞれに対する唯一の脅威としての梅村芳三郎は後半に入る前に舞台を退いてしまった*2。襲名の問題、つまり「矢島良吉」が「矢島嘉蔵」になるというのは、2005年版の『女系家族』では言及されていなかったような気がする。

坂田聡『苗字と名前の歴史』を斜め読みしているのだが、家業や家産の世襲的な継続としてのイエ制度においては、苗字と名前がセットになって「家名」を構成していることが多いのだな、ということを思った。苗字+名前の継承(襲名)は家産+家業としてのイエの存続を象徴的に表していることになる。
常々

〇▽右衛門
☓□左衛門
〇兵衛


という名前はじじくさいなと思っていたのだが、考えてみれば、子どもの頃から、〇▽右衛門とか〇兵衛と名乗っていたわけではなく、多くの場合、イエを継ぐ際に先祖代々の名前を襲名するという仕方で、〇▽右衛門とか☓□左衛門と名乗り始めたわけだ。
現在では、襲名というと、歌舞伎役者や落語家における名跡の襲名くらいしか思い浮かばない。野村証券の前身である「野村商店」の創業者野村徳七明治40年に隠居し、息子の信之助が「野村徳七」を襲名し、2代目となった*3。このように、「襲名」というのはかつてはかなり幅広く行われていたわけだ。
右翼が叫ぶ伝統的家族というのは、旧民法において制度化されたイエ制度のことなのだろうけど、旧民法のイエ制度というのは、家産と家業の継承という意味があったイエ制度を、無産者や新中間層に拡張した(全国民化)したものだった。