『日刊スポーツ』の記事;
高校野球って「西宮球場」で行われていたこともあったのか!
東大野球部監督を務めた竹田晃氏が死去 甲子園の土持ち帰りの起源も
[2021年8月7日19時14分]
東大野球部監督を務めた竹田晃氏(たけだ・あきら)が6日、心不全のため亡くなった。90歳だった。
46年(昭21)夏、東京高師付中(現筑波大付)内野手として西宮球場で開催された選手権大会に出場。準決勝で浪華商(現大体大浪商)に敗れた際、チームが土を持ち帰ったことが甲子園の土を持ち帰る習慣の始まりともされ、同氏の作文は国語の教科書に掲載された。
東大53年卒。54年春から3季、東大監督。東大教養学部長も務めた。
葬儀は8日に家族葬で執り行う。
https://www.nikkansports.com/baseball/news/202108070000960.html
さて、竹田氏には中国文学者という顔もあったのだった*1。著書でも、『中国の幽霊』や『三国志の英傑』と並んで、『少年野球教室』がある!西村正男氏*2曰く、
竹田晃先生の訃報。検索した限り報道は『日刊スポーツ』(及びそれを転載したyahoo)のみで、しかも中国文学者であることは言及なし。丸山昇先生と竹田先生は中国文学科の同級生だったが、どちらも「運動」をやっていた(学生運動と野球)という笑い話があった。
— Masao NISHIMURA (@changpian) 2021年8月8日