ハビトゥスかアビトゥスか

岸政彦『100分で名著 ブルデュー ディスタンクシオン 「私」の根拠を開示する』の放送が開始されたのだが、ブルデューと言えば「ハビトゥス」という用語。習慣(habitude)に関連する言葉なのだが*1Wikipedia仏蘭西語版や英語版を見ると、habitusは哲学用語として、アリストテレス以来の伝統を持った言葉であることがわかる*2ブルデューとの関連でいうと、マルセル・モースの「身体技法」論*3でのhabitusという語の用法が重要なのだろう。

ところで、habitusに戻ると、昔から仏蘭西人はhabitusをどう発音するんだろうかと思っていた。ブルデューの講演も聞いたことがあるけれど、彼自身がどう発音していたのかは忘れてしまった。というか、そのときは、ブルデューの肉声よりも三浦信孝先生の超絶的な通訳に聞き惚れていたのだった。仏蘭西語はhを発音しないけれど、1980年代からずっと片仮名では「ハビトゥス」と表記されている。アビトゥスではなく。それはhabitusが仏蘭西語ではなく羅典語の単語だからだ*4。羅典語では原則としてhを発音する*5。さて、これはまさに「ハビトゥス」のかなりベタな例だ。日本人にとってrとlの区別が難しいように、仏蘭西人にとってはhを発音することが難しい。これは仏蘭西人の「ハビトゥス」と言えるだろう。仏蘭西語の音韻体系が身体に染み付いた帰結としての。私がブルデューだったら、調査でインフォーマントにhabitusを実際に発音させてみるよ。これには、羅典語の習得という文化資本の問題も絡んでいるわけだし。


「写真」と「学歴」の話(p.24ff.)。現在(21世紀)の時点で調査を行えば、1960年代と比べて、結果はどう変わっているのだろうか。インスタグラムを舐めるな? 或いは、インスタグラムの投稿を分析して、どのような写真がインスタ蠅していると捉えているのかということと、性別、エスニシティ、階級、学歴等のデモグラフィックな属性との相関を問うというのは面白いことかもしれない。

*1:因みに、英語と違って、仏蘭西語のhabitは専ら服装という意味で使われている。まあ、英語のhabitも動詞としての用法は(服を)着るという意味なのだけど。ところで、仏蘭西語の動詞のhabiterは住むという意味。習慣というのが、私たちの身体に服とか土地とかを付着させることと関連しているというのは興味深い。ハイデガー系の人は何か言っているのでは?

*2:https://fr.wikipedia.org/wiki/Habitus_(sociologie) https://en.wikipedia.org/wiki/Habitus_(sociology)

*3:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20070216/1171594717 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/07/02/095421

*4:手許にある古めの仏和辞典にhabitusは収録されていない。

*5:See eg. 「ラテン文字の読み方と発音」http://www.akenotsuki.com/latina/litterae.html