承前*1
加藤陽子「「人文・社会」統制へ触手 [学術会議「6人除外」]」『毎日新聞』2020年10月11日
菅義偉政権による日本学術会議への介入において「除外」された当事者である加藤陽子さん*2の推論。
菅内閣は、行革やデジタル庁創設を掲げ、先例打破の改革者イメージをまとって発足した。最重要課題の一つが、1995年の科学技術基本法(旧法)を今夏25年ぶりに抜本改正した「科学技術・イノベーション基本法」(来年4月施行)の着々たる執行であるのは明らかだ。この間の人々の関心は新型コロナウイルス一色で、本法案の国会審議に注目していた人はまれだろう。
実は、今回の改正の重要な目玉の一つが、除外された学者の専門領域に直接関係していた。日本学術会議は、第1部(人文・社会科学)、第2部(生命科学)、第3部(理学・工学)からなる。名簿から除外された6人全員が第1部の人文・社会科学を専門とする。安倍晋三内閣下で成立した新法は、旧法が科学技術振興の対象から外していた人文・社会科学を対象に含めたのだ。
改正は、日本学術会議のかねての勧告、提言の具体化で、その方向性自体は評価できる。本年7月閣議決定の「統合イノベーション戦略2020」も、「人間や社会への深い洞察に基づく科学技術・イノベーションの総合的な振興」が不可欠の時代になった、との認識で書き始められていた。
今回の人文・社会系研究者6人の任命除外をめぐっては、「世の役に立たない学問分野から先に、見事に切られた」との冷笑もSNS(ネット上の交流サービス)上に散見された。だが、実際に起きていたのは全く逆の事態なのだ。人文・社会科学が科学技術振興の対象に入ったことを受け、政府側がこの領域に改めて強い関心を抱く動機づけを得たことが、事の核心にあろう。
参院で矢田雅子議員も指摘していたが、新法下で「科学技術・イノベーション推進事務局」が内閣府内に司令塔として新設されることにより、自然科学のみならず人文・社会科学も、「資金を得る引き換えに政府の政策的な介入」を受ける事態が憂慮されるのだ。
鈴木淳東京大教授によれば、科学技術政策とは、広範な国家的課題の解決を目標とし、直接的それを達成したり、将来的に問題を解決したりする基礎科学の振興を図る政策である。ならば、25年ぶりの抜本改正は、解決すべき重要課題を国家が新たに設定し、走り始めたことを意味しよう。
(前略)現状は、日本の科学力の低下、データ囲い込み競争の激化、気候変動を受けて、「人文・社会科学の知も融合した総合知」を掲げざるをえない緊急事態である。新法の背景には、国民の知力と国家の政治力を結集すべきだとの危機感がある。顧みれば、科学技術という言葉が初めて公的な場に登場するのは1940年8月、総力戦時の学会大再編の時だった。この流れの結末を、私たちはよく知っている。