語源を語らず

それからどうなった❓編集部「『阿呆』と『馬鹿』の語源」https://history.jastin.net/zqbzbw1lxtl1/


秦朝の急激な衰退と滅亡に纏わる挿話、「阿房宮」と趙高の所謂「指鹿為馬」の話だけれど、全然日本語のバカやアホウの起源の話にはなっていない。先ず、「馬鹿」というのは漢語でもない。「鹿」をカと念むのは訓読み。漢語だったら、バロクと念んでいる筈だ。漢語ではないので、中国史に遡っても無駄だ。実際、英語のfoolに対応する言葉としての「馬鹿」というのは(管見の限り)中華圏の諸語には存在せず、ただ日本語に存在するのみだ。多くの中国人が「馬鹿」という語から想起するのはfoolではなく、和名で「アカジカ」という鹿である*1。バカという音に感じを宛てる際に、この趙高の故事が参考にされたということは十分にあり得ることだけど、それだけの話だろう。謎として残るのは馬鹿ではなくバカの起源だろう。
「阿呆」だけど、「呆」と「房」というのは決して混同されるような字ではない。まあ、そもそも「呆」は馬鹿という意味だし、「阿」は軽い蔑みや親しみを表す言葉。例えば、「阿Q」とか。つまり、そのまんまなので、わざわざ秦の始皇帝を持ち出す必要もないだろう。何故中国では「阿呆」が伝わらなかたのかというのは問題となるだろうけど。
それよりも、「阿呆」の「呆」という字の発音*2の方が(私にとっては)大きな謎だ。「呆」は 現代中国語(普通話)ではdaiと発音する。中国語での発音と日本語での発音(音読み)というのは、相互に全くかけ離れている場合も少なくないのだけど、daiと発音する漢字は日本語でもダイまたはタイと発音することが多い。その意味では、「呆」は例外的なのだ。日本語ではホ(呉音)またはホウ(漢音)。また、(中国語に近い)タイという発音も認められているようだけど、「慣用音」とされているようだ。また、呉音でも漢音でもガイという音が認められている。実は、広東語や呉語や客家語といった東部の沿海地方の漢語ではガイに近い発音が保存されている。しかし、日本語のホウやホに通じるような阿発音は残されていないようなのだ。ただ、古代の中国語において「呆」がホウやホに近い音で念まれていたことはかなりたしかなことなんじゃないか。保存の「保」は「呆」を音符とした形声文字でしょう*3

*1:See https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20150420/1429549184

*2:「呆」の発音については、https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%91%86を参照のこと。

*3:「保」の現代マンダリンでの発音はbao