「蛍の光(Auld Lang Syne)」*1について。「蛍の光」=さよならの歌という日本的常識が揺らぐとき。
エターナル総書記氏曰く、
トロントの空港に深夜着いて、始発動くまで空港で待機しようと暇を潰してたら蛍の光が流れてきた。
— エターナル総書記 (@kelog21) 2019年12月7日
「ああ空港閉まるのか」と我々は荷物まとめて移動しようとしたが、外国人達は何の反応もなし。空港も閉まらなかった。
あれを「出て行け」の曲だと認識してるの日本人だけなんだと認識した。
安達裕章氏曰く、
若い頃、中国大陸を一人旅してて、上海のホテルのダンスホールで飲んでたら照明が暗くなって「蛍の光」が掛かった。あ、閉店か?と思ったらチークタイムだった。店員に「日本人はチークダンス嫌い?みんな帰っちゃう」と言われ、理由を教えたのを思い出したわ。 https://t.co/KXKj4ZmckI
— 安達裕章 (@adachi_hiro) 2019年12月7日
私の日本的常識が敗れたのは六四天安門事件直後の中国だった。公園での社交ダンス。ところで、日本的な「蛍の光」で忘れてはいけないのは、船の出航だろう。この場合、「蛍の光」とともに欠かせなかったのが紙テープ。今でも紙テープと「蛍の光」の出航が行われているのかどうかはわからない。
*1:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20060723/1153681745 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20120119/1326910710 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20140923/1411443853 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20151126/1448513483 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20160215/1455464811 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170724/1500867471