こわす人

猪木や馬場の名前を出したとき*1ザ・デストロイヤー*2の死は知らなかった。
『日刊スポーツ』の記事;


デストロイヤーさん死去、88歳 子ども妻に囲まれ
[2019年3月8日8時18分]


力道山ジャイアント馬場のライバルとして知られる伝説の覆面プロレスラー、ザ・デストロイヤー(本名リチャード・ベイヤー)さんが7日(日本時間8日)、亡くなった。享年88歳。同日に複数の米メディアが報じた。元プロレスラーの息子カート・ベイヤー氏が自身のフェイスブックで報告したもので「父のデストロイヤー、ドクターXことディック・ベイヤーが今日正午すぎに亡くなりました。自宅で子どもたち、妻に囲まれながら平穏に去っていきました」などとつづった。デストロイヤーさんはここ数週間、病院のケアを受けていたという。

米バファロー出身のデストロイヤーさんは1954年に素顔でデビューしていたが、62年に白地に赤の縁取りを付けたマスクを装着し、覆面レスラーの「デストロイヤー」として変身後に大ブレーク。同年にブラッシーを下してWWAヘビー級王座を獲得。63年には日本プロレスに初来日し、力道山と対戦した。特に同年5月24日、力道山とのWWAヘビー級王座は平均視聴率64%をマークした。

以後、ジャイアント馬場のライバルとして大きな注目を集め、またアントニオ猪木とも対戦している。73~79年には日本に在住し、全日本プロレスの所属選手として活躍。馬場やジャンボ鶴田とタッグを組み、ブッチャーやミル・マスカラスと対戦し、人気を博した。そのキャリアは約40年、日米合わせて8000試合以上におよんでいる。

また日本テレビのバラエティー番組「金曜10時!うわさのチャンネル!!」にレギュラーで登場し、和田アキ子徳光和夫アナウンサーとの掛け合いも人気を集めた。93年に現役を引退。たびたび来日し、17年には外国人叙勲者として旭日双光章を受章していた。
https://www.nikkansports.com/battle/news/201903080000039.html


和田アキ子「デスは一緒にがんばった同志」愛称で…
[2019年3月8日12時53分]


覆面プロレスラー、ザ・デストロイヤー(本名リチャード・ベイヤー)さんが7日(日本時間8日)に88歳で亡くなったことを受け、テレビ番組で共演した歌手の和田アキ子(68)が追悼のコメントを寄せた。

和田は「デスは『うわさのチャンネル』で一緒にがんばった同志みたいな存在です」と愛称で追悼。交流も深かったといい、「ご自宅にも何度もお呼ばれして、家族ぐるみのお付き合いをさせていただきました。私のデビュー40周年の時のアポロシアターのライブにも、普通にチケットを買って来てくれていて、アンコールで、お花を持ってステージ近くに駆けつけてくれた時はビックリしました。本当にうれしかったです」と回想した。

最後に会ったのは2年半前。「雑誌で対談をした時でした。昔話に花が咲いて、とっても楽しい対談でした。その時から足はものすごく悪そうで心配していたのですが…」と、体調を気遣ったという。

和田は、「悪役レスラーだったのに、そのキュートなキャラクターでお茶の間の人気者になり、一時代を築いたことは本当にすごいと思います」とし「心よりご冥福をお祈り申し上げます」と故人をしのんだ。

デストロイヤーさんと和田は、日本テレビ系で73年から79年に放送されたバラエティー「金曜10時!うわさのチャンネル!!」で共演。「アコのゴッド姉ちゃん」のコーナーは、和田がガキ大将的な役、せんだみつおとデストロイヤーさんがその仲間として、徳光和夫アナやゲストに、足4の字固めをかけるのが名物だった。「ゴッド姉ちゃん」はその後、和田の代名詞となった。
https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201903080000293.html

地元の報道;


“The Destroyer, a legendary pro-wrestler from Buffalo, has died at 88” https://www.wkbw.com/news/local-news/the-destroyer-a-legendary-pro-wrestler-from-buffalo-has-died-at-88


同時代ゲーム*3 を書いたとき、大江健三郎ザ・デストロイヤーを思い浮かべたのだろうか(笑)。

同時代ゲーム (新潮文庫)

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