試行錯誤(メモ)

エウパリノス・魂と舞踏・樹についての対話 (岩波文庫)

エウパリノス・魂と舞踏・樹についての対話 (岩波文庫)

ポール・ヴァレリー「エウパリノス」*1からメモ。
パイドロス」言うところの、「獲得すべき効果に関するさまざまな要請から演繹されたもの以外は何ひとつ留めて」いない、「構造が異様なほど明快で、まるで白骨のように明確な、そして白骨のように行為と力を持っているのみで、それ以外の何ものでもない驚くべき道具」(pp.98-99)について、「ソクラテス」曰く、


そのような道具は、いわばおのずからできたものだ。幾世紀にもおよぶ使用の結果として、必然的に最良の形態が見出されたのだ。数えきれぬほどの実践の末に、ある日、たまたま理想に到達し、そこで停止する。無数の人間の無数の実験が、もっとも経済的でもっとも確実な形態へと、ゆっくりと収斂してゆく。この形態に到達すれば、みんながそれを模倣する。そうしてつくられた何百万ものこの形態の模写は、何十億にものぼるそれ以前の複製に永遠に対応しながら、それを覆い隠してしまう。こんなことは詩人たちの気まぐれな芸術にも見られるもので、なにも車大工や金銀細工師等々の使う道具だけにかぎらない。もしかするとパイドロスよ、だれが知ろう、神を探求する人間の努力、勤行、お祈りの勤め、もっとも有効な祈りを見出そうとする執拗な努力が……、だれが知ろう、死すべき者たちが――神についての確信そのものではないとしても――ひとつの確信を、あるいは自分たちの本性に正確に一致した安定した不確信をいつかは見出すのではないかということを。(p.99)