「先例」と「新儀」(メモ)

贈与の歴史学 儀礼と経済のあいだ (中公新書)

贈与の歴史学 儀礼と経済のあいだ (中公新書)

桜井英治*1『贈与の歴史学』から。


中世の裁許状(裁判の判決書)には「先例に任せてその沙汰を致すべし」「先例に任せて懈怠なくその勤めを致すべし」のように「先例に任せて……すべし」が定型文言として入ることが多い。ほかにも「例によって」「旧例に任せて」「先例に因准して」など、類似の表現がいくつかあるが、意味はほぼ同じである。中世においては「先例」、すなわち昔から連綿と続いてきたことこそが一般に〈善いこと〉とされたのである。
一方、「先例に任せて新儀に及ぶべからず」「新儀を止めて旧例に任すべし」などの用例から明らかなように、その対義語が「新儀」であり、これは文字どおり、前例のない新しいことを意味した。「新儀」は、「新儀の非法」「新儀の濫妨」「新儀の無道」「新儀の狼藉」など、もっぱらマイナス評価の単語とセットで用いらられたことからもわかるように、「新儀」、すなわち新しいこと、前例のないことは一般に〈悪いこと〉と考えられていたのである。(p.60)
保守(主義)的態度の精髄という感じなのだが、「先例」と「新儀」の地位が逆転した時代が近代(以降)ということになるのだろう。