仲正昌樹『今こそアーレントを読み直す』

今こそアーレントを読み直す (講談社現代新書)

今こそアーレントを読み直す (講談社現代新書)

仲正昌樹『今こそアーレントを読み直す』*1を数日前に読了。


序論 「アーレント」とはどういう人か?
第一章 「悪」はどんな顔をしているか?
第二章 「人間本性」は、本当にすばらしいのか?
第三章 人間はいかにして「自由」になるか?
第四章 「傍観者」ではダメなのか?


終りに 生き生きしていない「政治」
ハンナ・アーレント年譜

今気づいたのだが、章のタイトルが全て疑問文になっている。
仲正氏は序章において、この本全体の方針について、

つまり、アーレント理論の”忠実な解説”は放棄して、アーレントの思想の中で特に重要だと私が思っている内容を、現代日本でもお馴染みの政治・社会問題にやや強引に引き付けながら紹介していくことにしたい。多少はアーレントの著作の重要な箇所を引用することになるが、正確に彼女の議論を再現するつもりはない。あくまでも、筆者である私(=仲正)が「アーレントになり代わって考える」というスタイルを取る。つまり、アーレントだったら、こういう問題についてこういうことを言いそうだと私なりに想像して、アーレントを代弁して発言することにする。あるいは、政治・社会問題についてアーレント的に挑発的な発言(だと私が思っているもの)をすると、それが周囲にどのような波紋を生じさせ、どういう問題を浮上させることになるか、いろいろシミュレーションしながら、私のアーレント観を開陳していく。場合によっては、「第二のアーレント」になったつもりで、彼女の発言を”自己批判”するという不遜なことさえ試みるつもりである。(p.21)
と述べている。
他の読者に忠告するとしたら、本書は十分に「分かりやすい」のだが、その〈わかりやすさ〉に満足しないで、ほかの人のアレント論、さらには彼女自身のテクストを読むことをお勧めしたい。それは仲正氏の読みやまとめが駄目だということではなく、仲正氏自身も御承知のように、これがアレントが思考し・書き記した全ての論点を200頁前後の1冊の本に網羅することは不可能だということである。だから、ほかの人のアレント論や彼女自身のテクストを読めば、仲正氏が切り捨てたり・周縁化したりした〈アレント〉が見えてくる筈である。
さて、私が個人的にいちばん勉強になったと思ったのは、アレント最晩年の『精神の生活』*2や『カント政治哲学の講義』*3を丁寧に読み解き、特に「拡大された心性(enlarged mentality)」概念の再構成を試みている4章の「「傍観者」ではダメなのか?」。また、本書において、これは省略しないでよと思ったのは、「世界」という概念だろう。実は本書でも鍵言葉のひとつになっている「複数性」が重要なのは「世界」との関係においてである。手短にいえば、「複数性」なくして「世界」なしということになる。
The Life of the Mind (Combined 2 Volumes in 1)

The Life of the Mind (Combined 2 Volumes in 1)

カント政治哲学の講義 (叢書・ウニベルシタス)

カント政治哲学の講義 (叢書・ウニベルシタス)

本書には、色々な時事ネタが散りばめられている。それらに対する仲正氏のスタンスには、同意するものもあれば同意しないものもある。それはそれでいいのだけど、それらには、具体的な出典はおろか、誰が言ったのかという論者のクレディットも付されていない。勿論、21世紀初頭の(ネットを含めた)論壇事情に詳しい人なら、あああいつのことか、と見当がつくことなのだろう。私はぎりぎり了解できる程度なのだが、10年後や20年後の読者にとっては珍紛漢紛なんじゃないか。ネット検索すればいいとしても、そのヒントも与えられていない。本書が上梓された2009年にはまだ小学生だった読者が大学生になって、本書を繙いたら、やはり(その時事ネタが)何だかわかんないやということになる可能性が既にあるのでは? 本書は10年後や20年後においても読まれる価値があると思うので、これは残念なこと。