「落ちこぼれ男子問題」

日本は先進国では例外的に男子の大学進学率が女子の大学進学率を上回っている*1。これは、女子は高等教育を受けていないということではなく、(短大の衰退*2が問題化されているにも拘わらず)四年制大学ではなく短期大学に進む人が多いということである*3。さて、女子の大学進学率が男子のそれを上回っている先進国で顕在化しているのが「 落ちこぼれ男子問題」。


畠山勝太「女子の大学進学率が男子より高い状況も問題。アメリカの「落ちこぼれ男子問題」は日本でも火を噴くか?」http://wezz-y.com/archives/50076


曰く、


なぜいま落ちこぼれ男子問題が注目されるようになったのでしょうか?

 例外も多く存在しますが、一般的に経済発展と共に国の産業構造も農業から軽工業、重工業、そしてサービス業等へと変化していきます。産業発展と共に求められる教育水準も変化し、小学校(読み書き・計算が出来れば、肥料や農薬の計算ができようになります)、中学校(工場に雇われる立場になるので、もう少し知識が必要になります)、高校(工業科・電気科など)、さらに大学や大学院へと上がっていきます。

 また、身体的な強さがものをいう部分もある重工業までは男性が主な働き手となりますが、サービス業や科学テクノロジーを活用した産業が主流になると、腕力の重要性が落ち女性の労働参加も進みやすくなるので、男性にとって職を得るための競争が激しくなります。

 しかし、アメリカの、その中でもラストベルトと呼ばれる地域では特に、石炭・鉄鋼・自動車産業からの脱却が求められようになったにもかかわらず、男性の教育水準がそれに見合うペースで上昇せず、男性の失業・低賃金問題が深刻になっていきました。これが落ちこぼれ男子問題がアメリカで火を噴いた背景です。

 現在私が住んでいるミシガン州の最大の街・デトロイト自動車産業で有名です。ラストベルトのど真ん中に位置するこの街は夕張市のように財政破綻を起こし、現在では全米で最も治安の悪い街と言われています。

 実はトランプ大統領が当選した鍵は、このラストベルトにあるとも言われています(朝日新聞の「トランプの時代」などの連載記事がこれを鮮明に描いています)。石炭産業の復活、自由貿易撤廃で工場を米国内に取り戻す、移民排斥といったトランプ大統領が掲げた政策は、職を失ったないしは低賃金にあえぐこの地域の高卒男性の共感を呼びやすいものだったのでしょう。

 しかし、機械化や技術革新が今後も進展していけば、高卒男性程度の知識やスキルで十分な賃金を得られる職はどんどん無くなっていくと考えられます。トランプが掲げる政策がこうした流れを止められるとは考えられず、画餅でしかありません。低賃金にあえぐ高卒男性の問題を解決するには、落ちこぼれ男子問題に取り組んだり、リカレント教育(生涯教育のひとつ。労働と教育を繰り返し行えるような仕組み)を充実させたりすることによって、この地域の男性の教育水準を上げる必要があるのです。

問題発生の要因として挙げられているのは、幼少期において男性よりも女性の方が早熟であること、一般に女性の方が男性よりも言語能力が高いこと*4、それから「ジェンダーステレオタイプ」である。

一般的に男子よりも女子の方が成長が早いとされており、小学校に入学する段階では明らかに女子の方が男子よりも成熟しています。小学校入学段階での生物的な特徴による学力差は、これによる教員や親の児童に対する接し方などの差から自己効力感を通じて学力に影響を与えてしまい、完全には消滅しきらないことが明らかになってきており、同様のことが落ちこぼれ男子問題についても言えるのではないかと考えられます。噛み砕いて言うと、小学校入学時点で少し成長の早い子供は「周りと比べて自分は出来る」と思えたり、周囲の大人から「あなたは出来る子」という接し方をされることで自信を持ち、高い目標を設定してそれに向かって努力をする習慣がつきやすくなるのですが、この影響はその後も響いていく、というわけです。

アメリカはジェンダー問題の先進国のように思われるかもしれませんが、実はジェンダーステレオタイプがいまだに強く残っている国です。

 高学力の男性がジェンダーステレオタイプを発露するとトロフィーワイフ(自分のトロフィーとして若く美しい女性と結婚すること)などの形で現れますが、低学力の男性の間で発露すると「早く稼げるようになることこそが男として一人前の証であり、教育を受けるのなんてバカバカしい」という考えにつながります(この現象は中南米でも顕著にみられ、これらの地域での国際教育協力におけるジェンダーと教育分野の支援は、中等教育における男子の退学予防がメインテーマとなっています。アメリカもこの文化圏の一員なのかもしれません)。

こうした問題に関しては、何といっても、ポール・ウィリスの『ハマータウンの野郎ども』*5に言及しないわけにはいかないのでは? 男子が勉強をダサいものとして退けるというのは、所謂「重工業」中心の社会においてはそれなりに機能的だったわけだ。しかし、脱工業化社会には通用しない。工業労働者(階級)の再生産ということにおいては。「落ちこぼれ男子問題」或いは「ラストベルト」*6問題の肝というのは状況(時代)と意識(文化)のずれということだろう。
ハマータウンの野郎ども (ちくま学芸文庫)

ハマータウンの野郎ども (ちくま学芸文庫)

また、

それでは日本でもアメリカのように落ちこぼれ男子問題が火を噴くと考えられるのでしょうか?

 結論を先に述べると、日本で男子の落ちこぼれ問題が火を噴くのは、まだしばらくはなさそうです。国際学力調査のPISAの結果を見ると、日本は先進諸国の中でも男子の落ちこぼれ比率(PISAでLevel2以下の学力を持つ生徒の割合)が最も低い国の一つですし、読解力における男女間の落ちこぼれ比率の差も最も小さくなっています。さらに、日本の大学就学率は先進諸国の中で例外的に男子の方が高いだけでなく、男性の雇用に占める第三次産業の割合もイギリス・アメリカ・オーストラリア・カナダなどの英語圏の国と比べて10%程度低くなっています。しかし、高卒男性と大卒男性の未婚率の差がこの20年で拡大するなど、社会問題として顕在化する恐れがあり、油断することは出来ず、今のうちから対策を考えておけるとよいでしょう*7

*1:See 畠山勝太「日本の女性は先進国で最も学歴が低い? 女性と子供の貧困を生み出す日本の女子教育」http://wezz-y.com/archives/34292

*2:See eg. http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170726/1501039605

*3:See eg. http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20171011/1507730436

*4:See eg. Jesse J. Prinz Beyond Human Nature, pp.216-219.

Beyond Human Nature: How Culture And Experience Shape Our Lives

Beyond Human Nature: How Culture And Experience Shape Our Lives

*5:Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070430/1177955798 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080103/1199371595 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090113/1231812154

*6:Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20161115/1479228554 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170221/1487647100 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170924/1506218317

*7:「大卒」と「高卒」の「分断」については、例えば石戸諭「「学歴」という最大の分断 大卒と高卒で違う日本が見えている」https://www.buzzfeed.com/satoruishido/gakureki-bundan Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170103/1483467085