保坂和志 on Wikipedia - Living, Loving, Thinking, Again

作者: 磯〓憲一郎
出版社/メーカー: 新潮社
発売日: 2017/10/28
メディア: 文庫
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磯粼憲一郎『電車道』の「解説」にて保坂和志氏*1曰く、

二十一世紀のネットと人工知能の社会になって人間の危機がいろいろに喧伝されているが、私はウィキペディアによる知の変容が軽視されすぎていると思う。ネット検索以前、ジャンルにかかわらず何かを調べるのは手間がかかることだったが、ネット検索によって調べごとは一気に簡単になったその代表がウィキペディアだ。ウィキペディアには妙に生真面目で蘊蓄に便利な解説はあるが簡便でかつ限定的で余裕や遊びがない。それによって記述は正確と不正確に単純化され、ウソとも本当ともつかないグレーゾーンが排除される。お笑いのような型にはまって笑う笑いはあっても、現実で出会う馬鹿々々しさに気づく笑いや権威を苛立たせる薄ら笑いがそれとは別であるのと同じようなことだ。（p.270）

続けて曰はく、

磯粼憲一郎の書き方は、ウソと本当の区分を曖昧にし、嘘とも本当ともつかないグレーゾーンを拡大し、しかも本当のことによってウソの色に染めていく。と書く私は、〈告知人〉が実在したと著者本人から聞いてもなお、この小説の他の部分はだいたいが作りごとと考えているのだが、肝心なことはネット検索したり資料にあたったりしてこの小説に書かれたいちいちの出来事の真偽を確かめることでなく、全体としてこの小説に書かれていることが本当のことに見えないことであり、もっといえば本当かどうかなどどうでもいいと読者なら思っていることだ。（後略）（pp.270-271）